『香港パク』 李承雨著

レビュー

4
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香港パク

『香港パク』

著者
李 承雨 [著]/金 順姫 [訳]
出版社
講談社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784062196765
発売日
2015/10/21
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『香港パク』 李承雨著

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

隠れた現実明かす物語

 八篇(へん)の短篇集。いずれも主人公の男が思いも寄らぬ謎めいた事態に巻き込まれる物語だ。

 冒頭の「香港パク」は傲慢な社長が経営する雑誌社に勤めた〈私〉が会った次長の話。彼は常に社長の暴言と暴力の標的となり、その度に〈香港から船が入港さえすれば〉、自分の仕事場を作るから皆待っていろと話す。そのため彼は皆から香港パクと呼ばれている。彼の言葉を誰もが疑い、誰もが心の奥で船を待っている。だが、不正発覚でパクは辞職し、〈私〉もやがて辞職するが、出会う度に彼は同じ言葉を……。

 続く「宣告」は変化のない世の中に不満を抱く男Fが、夢うつつで聴いた声に誘われ、やがて迷路に入り込む話だ。しばしば首相が死んだという噂(うわさ)が流れる度に首相はテレビで元気な姿を見せるが、その映像は過去のビデオの繰り返しでは、と考えた作家は、その推理を小説にしようとするが……。これは「首相は死なない」。最後の「洞窟」は翻訳中のアフリカの小説の筋が、自分の立場と重なり合う筋だ。

 どの物語もあり得ない世界を描いているように思えるが、果たして本当にそうだろうか。

 社会は経済原則に動かされ、その上で階級化され、底辺を生きる者たちはたとえ嘘(うそ)であれ、僅(わず)かな夢に未来を託すことはないだろうか。私達(たち)は世の中への不満さえも、迷路のように混乱し、わからないままになってはいないか。我々は日々新しい情報にあふれた社会に暮らしているようで、実は同じ様な情報を繰り返し見聞きして暮らしているのではないだろうか。自分の厳しい立場が、遠い土地か古い物語かをなぞっているように感じることはないだろうか。

 八篇で主人公は奇妙な状況に入り込むが、作者はあとがきで自分の小説は〈特殊でありながら一般的な世界〉へと開かれる作品でありたいと語る。つまり作者は物語の面白さを失わずに、隠れている現実を明らかにし、現代小説の新たな可能性を示そうとしたのだ。金順姫訳。

 ◇イ・スンウ=1959年、韓国全羅南道生まれ。朝鮮大学で小説創作を教える。著書に『生の裏面』など。

 講談社 1800円

読売新聞
2016年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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