『イエス伝』 若松英輔著

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イエス伝

『イエス伝』

著者
若松 英輔 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048036
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『イエス伝』 若松英輔著

[レビュアー] 月本昭男(旧約聖書学者・上智大特任教授)

福音書から読み解く

 キリスト教徒にとってイエスは「神の子、救い主」であり、信仰の対象である。だが、それとは別に、19世紀中葉から、イエスの歴史的実像が探求されてきた。若きA・シュヴァイツァーがそれまでのイエス研究をくまなく探り、浩瀚(こうかん)な『イエス伝研究史』を著すのは1906年のことであった。イエス研究には各研究者が心に抱くイエス像が投影されこそすれ、歴史的なイエスは描ききれてはいない。そう判断したシュヴァイツァーは、ナザレのイエスは1900年の時代の隔たりをこえて、かのユダヤの地に戻ってしまった、と書き添えた。それから1世紀余、史的イエスに関わる研究は積み重ねられ、刊行された書物の数は限りない。だが、イエス理解に関するかぎり、事情はさほど変わっていないかにみえる。

 その一方で、福音書に描かれるイエスは文学者たちを魅了してやまない。日本でも、芥川龍之介が最晩年にイエス・キリストを論じ(『西方の人』『続西方の人』)、遠藤周作や小川国夫はイエスの実像に迫ろうとする作品を残した。ならば、現代の批評家として活躍する著者は、どのようなイエス像を提示して見せてくれるのか。

 イエスの歩みと言葉を伝えるのは新約聖書に収められた4つの福音書である。これをいかに「読む」べきか、と著者は問いかける。聖書学や神学を無視はしない。だが、そもそも「読む」という行為はいかなる学問にも脅かされることのない人間の営みである。それは眼(め)に見えるものの奥に眼に見えない真実を感じ取ることであり、過ぎゆく事象の背後に永遠の世界を洞察することである。そのことがイエスの言葉と行為を伝える福音書には豊かに秘められている。詩人リルケや思想家内村鑑三などの経験に照らし合わせながら、著者は福音書を読み解いてゆく。福音書を「読む」ことによって、2000年という時空を架橋する。そして、読者をイエスとの邂逅(かいこう)へといざなう。

 ◇わかまつ・えいすけ=1968年生まれ。批評家。著書に『井筒俊彦 叡知(えいち)の哲学』など。

 中央公論新社 2500円

読売新聞
2016年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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