『コネクトーム』 セバスチャン・スン著

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コネクトーム

『コネクトーム』

著者
セバスチャン・スン [著]/青木薫 [訳]
出版社
草思社
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784794221650
発売日
2015/11/18
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『コネクトーム』 セバスチャン・スン著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

意識は神経接続か

 コネクトームとは何か。脳の中の神経細胞とそれらの接続関係に関する全ての情報のことである。人間の神経細胞が一千億個あり、それらが数千から数万の接続を持っているとすると、これをすべて記述するのは気が遠くなる。しかし、それは無謀ではなく、現代の技術で可能な範囲にあると著者のスンは信じている。本書は脳科学の基礎と歴史を概観し、さらに神経細胞の接続様式を画像化する技術がどこまで進歩しているのかを説明する。そしてこの試みがそれほど無謀ではないと読者に納得させようとする。

 それでもヒトの脳に直接挑戦するのは無謀ではないか。懐疑的な読者のため、スンは中間目標を提案する。小鳥のさえずりを制御する脳の中枢がある。この中枢は1立方ミリの半分もないが、この中にさえずりの記憶が入っているはずだ。まずは小鳥のさえずり中枢のコネクトームを作ってみようという。私もこれは現実的な目標だと思う。自己意識はまだ無理でも、歌の記憶であれば取り出すことができるかも知れない。

 最近、30年以上冷凍保存されたクマムシが解凍され産卵したというニュースがあった。だが、クマムシの持つ自己意識と我々の自己意識には大きな乖離(かいり)がありそうだ。我々のコネクトームを作るには、単にシナプス接続を記述するのみならず、多様な神経伝達物質やホルモンの挙動を分子レベルかつミリ秒レベルで記述せねばならない。しかし技術は確実に発展するだろう。

 心が脳を基盤に発生することを認めるのであれば、コネクトームの情報をコンピューター上に再現すれば、そこに心が生ずるはずだ。乱暴な方法ではあるが、これを否定することはできない。否定すれば物質に還元できない魂の存在を認めることになってしまう。カミュは「真に重要な哲学上の問題は自殺である」と言った。スンは「真に重要な科学技術上の問題は不死」であるという。どちらも自己意識の存在理由を考え続けた人間の結論である。青木薫訳。

 ◇Sebastian Seung=プリンストン大教授。神経科学などを軸とする分野縦断的研究が専門。

 草思社 2400円

読売新聞
2016年1月24日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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