三島由紀夫の言葉 人間の性 [編]佐藤秀明

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

三島由紀夫の言葉 人間の性 [編]佐藤秀明

[レビュアー] 楠木建(一橋大学教授)

 三島由紀夫の箴言集。

 箴言集は、より長い文章の中からある部分を抜き出して編まれる。もともとの文脈から引き剥がされているため、オリジナルな文章の中で読むよりも何割か味が落ちるのが普通だ。しかし、三島の言葉にはそれがない。どれをとっても短い文章でメッセージが完結している。

 しかも、三島は平面的でありきたりのことは決して口にしない。

 本書にある言葉のほとんどが矛盾や逆説に触れている。人間は矛盾した存在である。この人間の本質を描くために人は多くの言葉を費やし、長々と文章を綴る。ところが、人間の性という複雑な対象を相手にしながらも、三島はごく簡潔な文章であっさりと核心を衝く。

「もともと戦争が美化されたのは、それを醜いと知っていても、戦争が必要だったから美化せざるをえなかった点もあるでしょう。今では戦争は必要でないから、美化されるおそれがないかといえば、ろうそくの必要がなくなっても、われわれはろうそくの光りでディナーをとることを好むのです」

 小説、戯曲、評論とあらゆるジャンルで成功した三島由紀夫。小説にしても長編から短編まで何でもござれ。

 三島の尋常ならざる「言葉の能力」が、表現者としての全方位的な才能の基盤となっていたということを再認識させられる。

新潮社 週刊新潮
2015年2月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク