作家はどうやって小説を書くのか

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作家はどうやって小説を書くのか

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

 作家とは、なんてオリジナルな言葉を発する人たちなんだろう。

 ヘミングウェイ、カポーティ、ボルヘス、ガルシア=マルケス、スーザン・ソンタグら、ぜんぶで二十二人。パリを拠点にした英語の文芸誌「パリ・レヴュー」(「パリス・レヴュー」と表記されることも)に掲載された、名物のロングインタビューからよりすぐりのものを集めたのだから面白くないはずがない。

 本のカバーに各作家のひとことがデザインされているが、自分でも、心に響いた名言を書き抜いておく。

「だって、前世ではおれがそのひと(評者注・シェイクスピア)だったんだぞ」(J・ケルアック)、「子どもの頃、ぼくは母親にしょっちゅう言ってた。いまもおなじ。大きくなったら大作家になる」(J・ボールドウィン)

 インタビューには時間がかかっている。イサク・ディネセンには男爵夫人にふさわしい、四つの場所で話を聞いている。カート・ヴォネガットの場合は、十年間、四度話を聞いた内容を合成した原稿に本人が手を入れた。それぞれに、場所と、作家の印象についてのインタビュアーによる長めの前文と、自筆原稿(タイプ原稿への書き込みもある)がつく。

 各インタビュアーは知識をひけらかしたりせず、創作の秘密を明かしたがらない相手から話を引き出す役に徹しているが、作家とわたりあえる文学的教養の持ち主であることは話の端々からわかる。インタビュアーへの強烈なジャブを次々繰り出すヘミングウェイに対して一歩も引かないジョージ・プリンプトン(「パリ・レヴュー」の創刊編集長)のものすごい粘り腰には声援を送りたくなる。

 ジョン・チーヴァーの話を読んだあとでレイモンド・カーヴァーのインタビューに「アル中仲間」としてのチーヴァーの姿を発見。ケルアックとボールドウィンとポール・ボウルズの話にも互いが見え隠れし、作家同士を結ぶ線が見えてくる。自分を発見してくれた編集者の語り方も興味深い。いちばんシュールで寓意的なのは、カーヴァーが食べるあいだじっと観察、いつも彼の食べ残しを食べたというゴードン・リッシュの姿だ。

 批評家や書評に対してのコメントは、総じて抽象的で冷ややかなのがちょっと悲しい。ほぼ全員、「読まない」「役に立たない」というなかで、トニ・モリスンの「ぜんぶ読む」というのは例外だが、これはこれで怖い。大作家というのは、ほめられたことよりけなされたことを数倍、記憶に残す人種だと教えられた。

「ユーモアがある」と言われるのを最大のほめ言葉と喜ぶ作家たちのなかで、自分がユーモア作家に分類されたら申し訳ない、というドロシー・パーカーの率直な物言いが心にのこる。

新潮社 新潮45
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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