政治的に作られた概念だった?

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つくられた縄文時代

『つくられた縄文時代』

著者
山田 康弘 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784106037788
発売日
2015/11/27
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

政治的に作られた概念だった?

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

「つくられた縄文時代」のタイトルは、イギリスの歴史家E・ホブズボウムの『創られた伝統』にあやかっている。古い来歴の「伝統」の多くが、じつはごく近年、人工的に創られたものであることを指す。その例は驚くほど多い。たとえば先日も話題になった「夫婦同姓」。日本の家族制度の根幹をなすようにいわれはするが、実際は明治三十一年の旧民法で初めて規定されたものにすぎない。

 本書によると、今では小学生を含めて知らぬ者のいない「縄文時代(文化)」や「弥生時代(文化)」だが、戦前においてその言葉を知る者はほとんどいなかったそうだ。戦前、縄文・弥生に相当する時期は、両者併せて「石器時代」と呼ばれていた。世界史では旧石器↓新石器↓青銅器↓鉄器と時代区分するのがふつうなので、そこに(新石器で無農業時代たる)縄文、(新石器で農業時代たる)弥生などと日本でしか通用しない時代区分を持ち込むのは、世界史との関連をかえって分かりにくくする側面が強い。なのに、あえてそうしたのは何ゆえか。

 いうまでもなく、縄文は縄文式土器、弥生は弥生式土器のように土器の型式を表す言葉である。それが徐々に「縄文式土器の時代」「縄文式時代(文化)」「縄文時代(文化)」などと、時代や文化の全体を示す一般概念として使われるようになってゆくのだが、その間の経緯を著者は歴史辞典や日本史講座、教科書などの記述を手がかりに明らかにする。

 ここらあたりの博捜ぶりは、正直、歴史ファン以外なかなか追い切れず、飛ばし読みしても構わないと思うが、要は日本独特の「縄文時代」「弥生時代」が市民権を得るのは一九六〇年前後の出版物からで、これは五一年のサンフランシスコ条約で世界に類を見ない平和国家として日本が世界から独立を認められたという自負と無縁ではないという。しかも縄文から弥生への移行には、「貧しい縄文」から、海外先進文明(稲作)を受け入れて「豊かな弥生」へ、という戦後の発展段階史観が色濃く反映している。

 それだけではない。縄文時代そのもののイメージも、当初の採集経済の「貧しい縄文」像から、大自然と調和した「豊かな縄文」、さらにはやがて身分社会へと至る「階層社会・縄文」まで、その後ずいぶん変化した。それぞれ戦後困窮期、高度成長からバブル期、バブル以降の困窮期の日本が投影された自我図であるのは、間違いない。まさに「つくられた縄文時代」である。

 国立歴史民俗博物館教授である著者の専門は、先史墓制論。考古遺物から縄文人たちの生と死、死生観を明らかにしようとする学問で、それらを主題的に取り上げる4章「縄文のキーワード」、5章「縄文時代の死生観」は、用語史の分析などよりもさらに読み応えがある。

新潮社 新潮45
2016年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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