『物が落ちる音』
- 著者
- フアン・ガブリエル・バスケス [著]
- 出版社
- 松籟社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784879843449
- 発売日
- 2016/01/22
- 価格
- 2,200円(税込)
書籍情報:openBD
新世代世界文学の旗手がコロンビア麻薬戦争に肉迫
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
語り手は、コロンビアの首都ボゴタにある大学で法学を教えている〈私〉。遡ること十三年の一九九六年に死んだ男、リカルド・ラベルデのことを思い出している。常連になっているビリヤード場で知り合った、牢屋から出てきたばかりという噂の男。それほど深いつきあいではなかったこの男のことを、なぜ思い出したりするのかといえば、彼が射殺された時、〈私〉も流れ弾を受け、生死の境をさまよったからだ。
その事件から、〈私〉の人生は制御不能なものになっていく。公私ともに充実した生活を送っていたのに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)によって、仕事も夫婦仲もうまくいかなくなるのだ。そんな時、〈私〉はリカルドの娘と名乗るマヤから電話を受け、首都から車で四時間かかる彼女の家へと出向いていく。母親からはとっくの昔に死んだと聞かされていた父親のことが知りたいマヤ。リカルドが殺された理由を知りたい〈私〉。マヤが集めた情報と〈私〉の記憶をすりあわせて浮かび上がってくるのは、空の英雄だった祖父に憧れてパイロットになった青年と、一九六九年に平和部隊の一員としてボゴタにやってきたアメリカ人女性の愛の物語、そして、七〇年代から八〇年代にかけてのコロンビアのコカインまみれの白い暗黒史なのだ。
訳者あとがきによれば、タイトルの「落ちる(caer)」にはスペイン語で「倒れる」の意もあるという。撃たれた人間が倒れる音。人生や夢が崩れ落ちていく音。旅客機や戦闘機が墜落する音。心が絶望の淵に落ちていく音。時に耳をふさぎたくなるほどの大きさで、時に耳を澄まさないと聞こえないほどの小ささで物語の中から聞こえる、そうしたさまざまな「落ちる/倒れる」音が、怒りや哀しみや絶望を連れてくる。『物が落ちる音』は、海外文学好きだけでなく、ノワール小説ファンをも魅了するにちがいない。