“聴きたい”欲求にかられる昭和の名人の真骨頂

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噺のまくら

『噺のまくら』

著者
三遊亭, 円生 6代目, 1900-1979
出版社
小学館
ISBN
9784093522397
価格
550円(税込)

書籍情報:openBD

“聴きたい”欲求にかられる昭和の名人の真骨頂

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 読みたい本が絶版になっている。古書店に行く時間がない。時間があっても高値が付いていたりする。そんな読者の要望に応えたのが小学館のP+D BOOKSだ。

 P+Dはペーパーバックとデジタルの略称で、B6判ペーパーバック書籍と電子書籍を同時かつ同価格で出している。本書はそのペーパーバック書籍の方で、本体500円+税である。ワンコインと税であるからずっしりとはこない。しかし軽く持ち運びに便利で読みやすいのだ。

 ラインアップには遠藤周作、吉行淳之介、丹羽文雄、笹沢左保、山口瞳、小島政二郎、松本清張、水上勉、中上健次……と並び、すでに三十作品以上が刊行されている。私が探していた圓生がたまたま入っていたが、小説ファンはかなり満足するのではないだろうか。

 さて本書である。タイトルの通り、六十五席分のまくらだけが紹介されている。読み進めると、昭和の名人の一人と言われた圓生の口調、いや所作から笑顔までが甦ってくる。文章の末尾にはどの噺のまくらかを示す演目が記してあるのだが、その噺本体を聴きたい欲求も生じる。本書の刊行はCDに誘(いざな)う効果もあるのだ。

 平成の今とズレているまくらもあるが、基本しっくりくる。むしろこれらのまくらこそ古典落語にふさわしいのではないかと思えてくる。艶笑噺『なめる』のまくらは芝居の話で、圓生は「日に三箱 鼻の上下 へその下」との川柳を紹介している。三箱は千両箱が三つ、つまり三千両とし、「鼻の上……目で見るものは歌舞伎、それから鼻の下の口で食べるのは魚河岸、それに、へその下の……吉原、この三カ所には、一日に千両の金が落ちたというんですね」。そう言い、するりとネタ本体の芝居のシーンに入ったのだ、記憶では。

 出版不況と言われて久しいが、このシリーズでまだまだアイディアがあることを知った。さて次は山口瞳の『居酒屋兆治』でも買いますか。

新潮社 週刊新潮
2016年2月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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