ひとりで生きるそのあり方は

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  • 俳優・亀岡拓次
  • 火星の人〔新版〕 上

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ひとりで生きるそのあり方は

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 小川洋子『ことり』は静謐な、愛おしい物語だ。人から「小鳥の小父さん」と呼ばれ、ひっそりと亡くなった老人。彼はどんな人生を送ったのか。

 鳥のさえずりを理解し、人には通じない不思議な言葉を話す兄と、その兄の話す内容を唯一理解できる弟。二人は世界の片隅でひっそりと生きてきた。兄亡き後、弟は近所の幼稚園の鳥小屋を掃除する「小鳥の小父さん」となり、周囲の人々と交流を持つ。だが、言葉を使っての他者との関わりは時に誤解を生むことも。それだけに人生の終盤でのメジロとの出会いは、彼にかけがえのない喜びをもたらしてくれる。傍から見れば小父さんは孤独な人に見えるだろうが、その人生は間違いなく、ぬくもりや愛情もある豊かなものだった。ひとりで死んでゆく人の人生を、他人が寂しいと断定することなどできない。

 独り身の男を描いた小説といえば、横浜聡子監督によって映画化された戌井昭人『俳優・亀岡拓次』(文春文庫)もそう。主人公は37歳独身の脇役俳優だ。飄々としたこの亀岡拓次、趣味はオートバイと一人で飲むこと。彼は撮影のために長野、山形、山梨、さらにはモロッコへと出向いては、二日酔いのまま芝居でミラクルを起こす。哀愁を漂わせながらも、結構いい加減で軽やかな生き方が魅力的。第二弾『のろい男 俳優・亀岡拓次』(文藝春秋)も刊行されている。

 一人暮らしの究極の形が描かれるのはアンディ・ウィアー『火星の人』(小野田和子訳 ハヤカワ文庫SF)だ。なんと、有人探査の際に火星に一人取り残されてしまった男が主人公。映画『オデッセイ』の原作だ。

 絶体絶命の状況のなか、宇宙飛行士のマークが取り掛かるのは水や食料の確保。水の再生やジャガイモ栽培の工夫などの過程は、理科の実験を分かりやすく解説されているような楽しさがある。また、こんな状況なのにお気楽すぎるほど前向きで建設的なマークの姿勢は、心底見習いたくなる。地球上は空気があるだけまだましと、この社会を一人でサバイブしていく勇気を与えてくれる作品。

新潮社 週刊新潮
2016年2月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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