『未成年』 イアン・マキューアン著

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未成年

『未成年』

著者
イアン・マキューアン [著]/村松 潔 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784105901226
発売日
2015/11/27
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『未成年』 イアン・マキューアン著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

輸血拒む少年に法は

 英国高等法院家事部の裁判官として日々煩雑な家庭問題に接するフィオーナのもとに、ある日市内の病院から緊急審理の申請が届く。信仰のために輸血を拒む少年に対し、病院は治療に必要な輸血を許可する命令を求めていた。成人には望まない治療を拒否する権利が認められているが、この少年の年齢は英国で成年とみなされる十八歳にあと三ヶ月だけ足りない。輸血が患者の命を救える時間が刻一刻と迫るなか、判決の決め手となるのは彼が成年同等の判断能力を有しているか否か。それを自らの目で確かめるため、フィオーナは審理を中断し、少年との面会を求めて病院に出向くことを決意する……。

 一見手強(てごわ)そうな法律用語が並ぶページも、マキューアンの簡潔かつ流麗な筆は渦を巻くように読者の興味を力強く牽引(けんいん)していく。饒舌(じょうぜつ)な法廷シーンに対して、フィオーナが少年と対話する病室のシーンでは彼らの一挙一動、繊細な言葉のやりとりから各々(おのおの)の生き様がくっきり浮き上がってくるようだ。少年の命は彼女の一存にかかっている、そういう状況で命の当事者たちがその命を語るとき、彼らの肩書きは消え失(う)せ、エゴも弱さも併せ持つ無防備な人間の姿が露(あら)わになる。理性だけでは届き得ない人間の心の領域に手を差し入れながらも、経験と積み重ねられてきた人智(じんち)を総動員し困難な状況に最善の道を探ろうとするフィオーナ、その忠実な一仕事人としてのありようにこの作家が持つ人間性への不屈の信念が重なり心打たれる。

 予期できない結末に向かって、中盤から物語は急展開を見せる。そして最後にフィオーナに与えられる試練は、皮肉にしては苦すぎるが、それが意味するものの底知れなさは重たいボディブローのように読後にじわじわと効いてくる。

 大人になるとはどういうことか、もしそれが自らの命に責任を持つということだとしたら、その責任の元に下した決断を他人が裁くことはできるのか? まだ考え続けている。村松潔訳。

 ◇Ian McEwan=1948年、英国生まれ。著書に『アムステルダム』(ブッカー賞)『初夜』『甘美なる作戦』など。

 新潮社 1900円

読売新聞
2016年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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