『現代俳句にいきる芭蕉』 堀切実著

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現代俳句にいきる芭蕉

『現代俳句にいきる芭蕉』

著者
堀切 実 [著]
出版社
ぺりかん社
ジャンル
文学/日本文学総記
ISBN
9784831514233
発売日
2015/10/01
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『現代俳句にいきる芭蕉』 堀切実著

[レビュアー] 高野ムツオ(俳人)

表現構造解き明かす

 誰でも知っている俳句と言えば〈古池や蛙飛こむ水のおと〉。では、誰もが、この俳句の意味や魅力を理解しているのだろうか。否である。それどころか専門俳人の間でさえも解釈は多様なのだ。飛び込む蛙の数さえも異なる。それは俳句が断片的な最短詩形であることに加え、断絶や屈折が多く、もともと散文的な内容理解のあり方を拒絶する表現構造をしているからである。俳句はさまざまに語られることによって、言葉が磨かれ、世界の豊かさを増す。それゆえ〈古池〉の句は名句となったのである。

 本書は、そうした俳句固有の表現のあり方を芭蕉研究者の視点から解き明かしたものだ。しかも、芭蕉と現代を代表する俳人達(たち)との俳句や言説をクロスし照射し合うことによって、俳句とは何かという本質論にまで至っている。ここに最大の魅力があると言って差し支えない。従来の俳句の歴史変遷を通史として解説した本にはないダイナミズムにあふれているのは、そのせいである。

 俎上(そじょう)となった作家は、高浜虚子から金子兜太(とうた)まで、その作品も主張も多彩。だが、著者は明治に俳句を確立したと言われている正岡子規から始まって今日に至るまで、その表現構造も表現法も基本的には一貫して変わりがないと指摘する。芭蕉が実践してきた方法や態度のどこに重点を置き、どこをそれぞれの作者が自分の表現の根拠にするか、その差でしかないということである。もちろん、重点の置き方や実践によって、俳句表現は、より世界を広げ文学としての深みを増してきたのもまた事実だ。

 本書が確かな説得力と、深い含蓄を含んでいる理由は、著者に俳句に止(とど)まらない文学全般への理解とそれに基づく文学観があるからだ。加えて俳人の多くが無意識にこだわる伝統や前衛、保守や革新といった図式的な先入観から解放された視座が揺るぎないからである。俳句のこれからを考えるに必読の一書といえる。

 ◇ほりきり・みのる=1934年、東京生まれ。早大名誉教授。専攻は俳文学。著書に『芭蕉の門人』など。

 ぺりかん社 2800円

読売新聞
2016年1月31日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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