オタクの街のダークナイト

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オタクの街のダークナイト

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

 スーパーヒーローには大都市がよく似合う。スパイダーマンならニューヨーク、スーパーマンならメトロポリス。バットマンならゴッサム・シティ……。では、秋葉原には、どんなスーパーヒーローが似合うのか? というわけで、大倉崇裕の新作『GEEKSTER 秋葉原署捜査一係 九重祐子』では、アメコミ型のヒーローや悪漢が幻想のアキバに降臨する。

 ご存じの通り、かつては電気の街だった秋葉原も、すっかりオタクの街に変貌。いまやメイドとアイドルと萌えキャラが名物ですが、メイドカフェ・ブームもAKB48劇場オープンも、今世紀になってからの話。そのちょっと前、まだ路上に女の子が少なかった二〇〇〇年が本書の背景になる。

 題名のGEEKSTERとは、「オタク」を意味するgeekと、「新しいもの好き」「流行通」などの意味があるhipsterを合わせた実在の合成語だが、本書に出てくるギークスターは、オタクの街で弱きを助け強きをくじく正義のヒーロー。特殊能力や超兵器を持ってるわけじゃなく、体を鍛えてるだけなので、(背景も含め)バットマン系列です。

 小説のヒロインは、二〇〇〇年七月、二十四歳にして巡査部長に昇進し、警視庁秋葉原警察署の交通課から刑事課捜査一係に着任した九重祐子。いよいよ刑事として捜査の第一線に……と思ったのも束の間、署を訪れる一般市民の応対を命じられる。寝る間もなく現場を歩く同僚を横目に、九時から五時まで、オタクの相談相手をつとめる日々。

 怪獣フィギュアがランダムに封入された食玩の先行販売目当てに栃木県から遠征してきて、首尾よくシークレットの透明タイプを引き当てたものの、それ以降、どうも誰かに尾行されている気がする――という訴えを聞かされた翌日、そのオタクが栃木県の駐車場で遺体となって発見される。死因は脳挫傷。通行人を狙った強盗の犯行という栃木県警の捜査方針に納得がいかない祐子は、退勤後の時間を利用して独自に被害者の足どりを追いはじめる。

 犯人に逆襲され窮地に陥った彼女の前にあらわれたのが、街で噂のギークスター。黒いフェイスガードにパーカのフードをかぶって顔を隠し、革手袋をはめた長身の男。その正体はいったい……?

 かくして、オタクの街を舞台に、警察ミステリとスーパーヒーローものを融合させた、たいへんユニークなエンターテインメントの幕が上がる。著者の大倉崇裕は筋金入りの怪獣マニアにしてフィギュア・コレクターなので、そのへんの描写はリアリティ抜群。模型を中心とするオタクの世界が、ゴッサム・シティ的な雰囲気(街を牛耳るボスとか、跳梁跋扈する怪人とか、勢力争いとか)をまとい、いままで描かれたことのない街が誕生した。

 その意味で、馳星周の描く歌舞伎町と同じく、非在の秋葉原が舞台なのだが、そこには二〇〇〇年当時の現実の秋葉原が二重写しになっている。二〇〇六年に改築されてアトレ秋葉原になってしまった往年のアキハバラデパート(をモデルにした商業施設)の一階にあるカウンターだけの焼肉屋(モデルはペッパーランチ)で祐子が焼肉ガーリックライスを食べるシーンはじめ、かつて実在したさまざまな場所が空気感まで含めて鮮やかに甦る。ほんのちょっと前の話なのに、変化の激しいこの街では、すでにノスタルジーの対象ですね。

 その中に、アメコミでおなじみの自警主義の問題(街を守るのは警察か、ヒーローか)まで放り込み、物語はクライマックスのアクションへと雪崩れ込む。

 ちなみに小説の現在は二〇一六年。警部に昇進し、秋葉原署の副署長として街に戻ってきた祐子がある人物と面談する場面をプロローグとして、そこから十六年前へと遡るスタイルをとる。二〇〇〇年と二〇一六年がどこでどうつながるのか。作中の秋葉原はどう変わったのかも読みどころのひとつ。続編もありそうだが、さて……。

KADOKAWA 本の旅人
2016年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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