堀江敏幸・インタビュー 幻の「詩人」を求めて 『その姿の消し方』刊行記念

インタビュー

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その姿の消し方

『その姿の消し方』

著者
堀江 敏幸 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784104471058
発売日
2016/01/29
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『その姿の消し方』刊行記念インタビュー 堀江敏幸/幻の「詩人」を求めて

 戦乱の二〇世紀前半を生きたフランスの「詩人」と現在を生きる「私」。二人を結ぶ遠い町の人びと。読むことの創造性を証す待望の長篇をめぐって、著者自身が語る。

――『その姿の消し方』はアンドレ・ルーシェという詩人をめぐる作品です。長篇小説として読みました。

堀江 ありがとうございます。ただ、長篇としての構想があったわけではないんです。『いつか王子駅で』のときと同じで、最初の一篇は読み切りのつもりで書きました。それが、なぜか続きものに似たかたちで、ゆっくり育っていった。

――第一章にあたる「波打つ格子」は、読む側としては、なんとか続きを読みたいという気持ちにさせられる作品でした。

堀江 いつも、先がどうなるか自分でもわからない状態で書いているのですが、つぎにつながる芽を出す種のようなものが含まれている場合と、そうでない場合があるようですね。この作品は前者だったということになります。

――語り手の「私」はフランス留学時代、古物市で一九三八年の消印のある古い絵はがきを手に入れます。その書き手がルーシェで、裏には謎めいた詩が綴られていた。最初の章にいきなり三篇の詩が出てきますが、詩を書くというのは容易なことではなかったのではと思います。

堀江 あれはルーシェが書いたんですから。僕は翻訳しただけです。

――そうでしたね(笑)。では、ルーシェの詩をひとつ見てみましょう。

  引き揚げられた木箱の夢

  想は千尋の底海の底蒼と

  闇の交わる蔀。二五〇年

  前のきみがきみの瞳に似

  せて吹いた色硝子の錘を

  一杯に詰めて。箱は箱で

  なく臓器として群青色の

  血をめぐらせながら、波

  打つ格子の裏で影を生ま

  ない緑の光を捕らえる口

堀江 どうしてこんなイメージが出てくるのか、当人に尋ねてみなければわかりませんが、偶然とはいえ、彼の詩がなければ一冊の本になるまで言葉は育たなかったはずです。

――詩を核にしたものを書いてみようと思われたんですか。

堀江 そうではなく、単に形状から入ったんです。第一章が掲載された「yomyom」は、当時一段組みの雑誌だったので、いつものように文字でぎっしり埋めたくはなかった。見通しをよくするために、空白を作りたかったんです。詩なら、余白ができますよね。できれば詩行の長さを揃えて、ブロックを置いたようにしてみたかった。

 ただしこれらは、「詩のようなもの」であって「詩」ではありません。ルーシェを通してという但しつきですが、「詩のようなもの」は散文より早く書けるからです。訳をしながらでも、つぎにどんな言葉が来るのか、なんとなくわかる。不思議な感覚です。逆に、散文にすると先が見えない。だから幾度も推敲する。でもこの本に出てくる矩形の言葉の群れは、ひと息に書いたという印象ですね。

――意外です。即興のように書かれたものだったとは。

堀江 瞬間的に通り過ぎていく言葉ですから、全部で何篇の詩を「訳出」したのか、途中で忘れてしまったくらいです。

――ルーシェに興味をもった「私」の手元に、彼の手になる絵はがきがぽつりぽつりと集まってくるんですね。絵はがきの裏に書かれた詩が四つ、もう一つは書類の余白に書かれたもので、全部で五つですね。

堀江 はい。小冊子の余白に書かれたものが、一九三五年、絵はがきは一九三八年。

――やがてルーシェが、フランス南西部のある町で、会計検査官をしていたということがわかってきます。第一次大戦では従軍中に足を負傷し、第二次大戦のときにはレジスタンス活動に連なっていた気配も感じられる。ルーシェの姿に戦乱の二〇世紀が重なって、さらにそこに、語り手の「私」に流れる時間が重なってきます。

堀江 語り手には、書き手である僕自身の時間も重なっています。留学生時代から今日まで、四半世紀。最初の章が発表されたのは二〇〇九年、最終章が二〇一五年ですから、書き始めてからでも、六年かかっている。

――いくつかの雑誌を横断して書かれた作品でもありますね。掲載時にはエッセイとして読まれたものもありそうです。堀江さんはデビュー作の『郊外へ』のころから、創作とエッセイのどちらとも読める、そのあわいのところで書いていらっしゃいました。

堀江 書いたものはすべてフィクションだと考えているので、自然とそうなりました。書くという行為は、ふだんしゃべっているときとはちがう、自分にもわからない感覚が飛び出してくる「現場」です。小説の筋書きや登場人物の性格とはべつの、たとえば料理のようにさまざまな要素でなりたっている混交状態の言葉が僕には重要で、それが小説なのかエッセイなのかといった形式上の区別には、あまり関心がないんです。

 書き手の時間には、そのとき並行して取りかかっている仕事も影響してきます。この本の最後のあたりは、マルグリット・ユルスナールの『なにが? 永遠が』の翻訳と、『土左日記』現代語訳の試みが重なっていました。ユルスナールの自伝的作品には、子ども時代の大きな体験として、第一次大戦が扱われています。ベルギーからロンドンに避難して、パリに戻って来る。それがまた、ルーシェの若いころの戦時体験につながり、サルトルにも重なっていきました。

――ルーシェの絵はがきの一枚に一九三八年九月二日の消印があって、それがサルトルからボーヴォワール宛ての書簡集の第一信の日付と同じでしたね。

堀江 偶然ですね。詩も、日付も、最初のほうで固定されていますから、あとから修正したものではありません。それが、外からは緻密な組み立てのように映るらしい。今回、ルーシェの詩篇のおかげで、執筆時に自分の内側で何が起こっているのかを見つめ直す、よい機会になりました。

――ひとつの詩が作品のなかで何度も繰り返し読まれるうち、それが書き手である堀江さんや読み手であるわたしたちに流れた時間によって、そのつど違うふうに見えてきます。

堀江 そのとおりです。詩は、時間をつなぐ装置でもあるし、僕と語り手をつなぐ橋でもある。語り手とルーシェを接続し、今と昔を結ぶ。いろいろな言葉が集まっては散ってゆく通信網の節目に置かれた、ブラックボックスのようなものかもしれません。

――非常に印象的な一節があります。

「書くことに神秘の色をあえて塗り込む必要はない。むしろ読む側の神秘を考えるべきだろう」

堀江 読み手は作品のなかに、自分が経てきた時間を読んでいるんです。二〇年前に読んだ本を二〇年前の気持ちでたどることは、もう絶対にできない。残酷なことですけれど。

――堀江さんご自身も、古書店だけでなく、古道具屋さんや古物市などがお好きですね。パリで何十年も前の数学の教科書をお買いになったり、傍目には何が面白いのかわからないものもありそうです(笑)。

堀江 そういう経験もこの本には含まれているでしょうね。フランスの古物市でたまたま拾い上げた帳簿類のなかに、一九三〇年代のものがあって、ルーシェの時代にぴったりなんて出会いもありました。古い簿記の問題集とか。

――それもこの本に出てきましたね。例題に登場する人名が必要以上に凝っていて、小説より多様だという。

堀江 あれは引用です。創作ではありません(笑)。

――本のカバーにフランス語のタイトルがあしらわれています。直訳すると、「アンドレ・ルーシェを称えるために。未知の詩人を求めて」。

堀江 とびとびに書き継いできたこの六年のあいだ、ずっとルーシェの詩が脳内に低く響いていました。全体として、つじつまのあう話ではないんです。謎の詩人を求めてと言っても、謎の表面を撫でているだけで、解を求めてはいない。そもそも答えがない。鍵になる絵はがきの名宛て人も、ほんとうに家族の知らないところで関係のあった女性なのかどうか。レジスタンス運動にからんでいる、連絡員の偽名だったのかもしれない。読み方は、いろいろです。

 ともあれ、謎を開いたままにしておくような作品に対して、寛容な世の中であってほしいですね。書き始めたら、その先は本当にわからない。でも、書いているうちに、かならずなにかが出てくる。それを受け入れる姿勢を、これからも崩さないでいきたい。最初の一歩に立ち返った感覚です。はじめての自著、『郊外へ』が出たのは一九九五年。昨年が二〇周年でした。こんなに長く書いてこられるとは、夢にも思っていませんでしたね。

新潮社 波
2016年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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