岡田尊司・インタビュー「ドクター奥田は、私の理想です」『あなたの人生、逆転させます 新米療法士・美夢のメンタルクリニック日誌』刊行記念

インタビュー

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あなたの人生、逆転させます

『あなたの人生、逆転させます』

著者
小笠原 慧 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103398516
発売日
2016/01/22
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『あなたの人生、逆転させます 新米療法士・美夢のメンタルクリニック日誌』刊行記念インタビュー 岡田尊司/「ドクター奥田は、私の理想です」

――岡田尊司さんの小説家としてのペンネーム・小笠原慧の、じつに七年ぶりとなる新刊の舞台は、郊外にオープンした個人経営のメンタルクリニック。小笠原さんの作品には、横溝正史ミステリ大賞を受賞したデビュー作『DZ』、『サバイバー・ミッション』『手のひらの蝶』など、人類の進化やテクノロジーの負の側面をテーマにしたスケールの大きなミステリーが多いですが、今作は、診察室という密室で、新人心理療法士と“伝説の”名ドクターが患者の心の謎を解いていくミステリーとして読めます。

 これまでは、大仕掛けのエンタテインメントを中心に小説を書いていましたが、東日本大震災が起こった時、事実の圧倒的な重みや悲しみの大きさに打ちのめされてしまって。ちょうどその時、核融合炉がテロに遭うという内容の物語を準備していたことも大きかったですね。フィクションを書くことに虚しさを感じたというか。これから何を書いていこうか、小説の限界を感じて、もっぱら精神科医としての著作にばかり取り組んでいるうちに数年が過ぎ、今度は、もっと身近な現実の中にある心の真実を描いてみたいと思うようになって。多くの人が共感できるような、市井の人の心の謎を解いていく物語を書こうと。三年前に自分のクリニックを開いたのもきっかけの一つです。勤務医だった時と比べて、まず驚いたのは雑用の多さ。診療時間をいつにするかから職員の採用、待合室の壁紙の柄まで自分で決めなくてはならない。病院スタッフのありがたみに、病院を辞めてから気付かされました。また、それまで勤務していた医療少年院などの施設とは異なり、膨大な数の、幅広い年齢層の患者さんたちとの出会いも新たな刺激になりましたね。開院した年は、一年で約八五〇名の新患を診ました。一日に四人。自分でもかなりの記録だと思っています。小説に書いたように開院直後はヒマだったので、その時間を活かして執筆できました(笑)。

――小説では、連鎖する毒親や高度潔癖症、風俗依存など、さまざまな悩みを持つ患者が登場し、ドクター奥田(おくだ)との対話によって、患者本人も予想しなかった原因が明らかになるのですが、こういった症状と原因の関係には、実際の治療の傾向も反映されているのでしょうか。

「心の病」というと、患者本人の問題ととらえられがちですが、実際には本人を取り巻く人間関係の問題が大きく影響しています。家族、配偶者、恋人……本来であれば一番の味方になるはずの人間に苦しめられている人が多い。特に近年は親子関係に問題を抱えている方が多く受診される傾向がありますね。両親などの養育者との間に育まれる絆を心理学用語で「愛着」といい、その愛着スタイルがその人の対人関係の基本となると考えられています。岡田名義の『愛着障害~子ども時代を引きずる人々』で書きましたが、その愛着の崩壊が近年、社会現象化していると思います。愛着が確立する幼児期に、養育者、主に母親と充分に絆を育めなかった人が増加している。女性の社会進出に社会自体が対応できていないのも一つの要因だと、私は思っています。「子供を育てろ」「仕事を続けろ」と、要求は多いのに社会的な支援が乏しい状況で、女性に無理がかかっていて、そのしわ寄せが子供にまで及んでいる。患者を苦しめている症状を改善するだけなら、薬を処方することで対処することができますが、問題の根源と向き合わなければ真の解決にならず、また同じ症状をくり返すことになります。その根源が本人を取り巻く環境にあるのなら、本人だけでなく、家族の話を聞くことが解決への近道。私のクリニックでも、こういったアプローチに力を入れています。話を聞いていくうちに、患者さんだけでなく私さえも想像しなかった核心が浮かび上がったりして……診察室はとてもドラマティックですね。

――主人公の新人心理療法士・森野美夢の特技は「夢占い」。医学とは真逆のアプローチのように思えますが。

 夢占いは、妻の特技です。若い頃は、作中の美夢とドクター奥田のように、「今日はどんな夢を見たの?」なんて話をするのが朝の日課だったときも……。私は出身が四国のせいか、幼い時分から神秘的な力とか、超自然的なものに親近感を持って育ちました。霊力をもつ行者や狐に憑かれた人も身近にいたりして。そもそも精神医学自体が、科学と呪術の境界にあるような学問ですから(笑)。

――岡田さんにとって、「小笠原慧」とはどんな存在ですか。

 人間は、いろんな顔を使い分けることによって、心のバランスを保っていると思います。私の場合、実際の治療の現場では、言葉の選び方一つが命に係わる可能性があるので、細心の注意を払います。その分、フィクションの世界の、ある意味何でも許されるところに救われています。小説の中では、自分のビジョンをより明確にすることができるし、思考実験もできる。小笠原慧が作り出したドクター奥田は、私自身であり、私の理想でもあります。どんな時でも大丈夫といってくれる存在、本当の優しさを持った存在を「安全基地」と呼びますが、私のクリニックも、奥田メンタルクリニックのように、必要な時は患者さんの「安全基地」となり、そしてその人にとっての本当の「安全基地」探しのお手伝いができるような場所にしたいですね。

新潮社 波
2016年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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