『日本精神史 上・下』 長谷川宏著

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日本精神史(上)

『日本精神史(上)』

著者
長谷川 宏 [著]
出版社
講談社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784062194617
発売日
2015/09/10
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

日本精神史(下)

『日本精神史(下)』

著者
長谷川 宏 [著]
出版社
講談社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784062194624
発売日
2015/09/10
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『日本精神史 上・下』 長谷川宏著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

美術、思想、文学を横断

 日本の思想史についてはいくつもの大著がある。私にとって忘れがたいのは津田左右吉『文学に現はれたる我が国民思想の研究』であり、和辻哲郎『日本倫理思想史』であり、小西甚一の『日本文藝史』である。そして新たに『日本精神史』が加わった。

 難解なヘーゲルの著作をやさしい翻訳で次々世に送り出した西洋哲学者が、今度は美術、思想、文学作品などから日本人の考え方をとらえようとしたのである。わくわくするような気持ちで読み始めた。そして記述の平易さに驚き、思考の深さに強く打たれてしまった。

  磐代の 浜松が枝を 引き結び  真幸くあらば また還り見む

 謀反の企てが露見して逮捕された有間皇子の歌に、悲しみの情を短歌の形式に表現するための「心情とことばの激しい格闘」をみる。心情を分解、切断、削除、突出させ、圧縮し、組み直してことばにしなければならないし、浮かび来ることばを却下し、短縮し、修正して歌は生まれる。格闘があるゆえに死の悲しみはくっきりとしたイメージとして定着するのだ。

 『正法眼蔵』で道元が求めたものは何だったのか。濁世(じょくせ)にあって、穢(けが)れたこの世とは次元を異にするあの世を遠望し、そこに万人が迎え受け入れられることを希求したのではない。悟りも解脱も浄福も救済も、あの世のこととしてではなく、この世に現実化されているものとして考えたのだ。その意味で『正法眼蔵』は現実肯定の書だったのである――。

 上下1000頁(ページ)、35章に及ぶ『日本精神史』の最大の特徴は、引用にあたってすべて、自身による現代語訳をつけていることである。容易なことではない。超人的とさえ思える。

 それぞれの論にどれだけの新奇性があるか、私にはとても判断できない。しかし、この書は最初に挙げた名著と並んで、長く命脈を保つだろうことは確実に言えるように思う。

 ◇はせがわ・ひろし=1940年生まれ。哲学者。著書に『新しいヘーゲル』、訳書にヘーゲル著『精神現象学』など。

 講談社 各2800円

読売新聞
2016年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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