『ギリシア人の物語1 民主政のはじまり』 塩野七生著

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ギリシア人の物語Ⅰ 民主政のはじまり

『ギリシア人の物語Ⅰ 民主政のはじまり』

著者
塩野 七生 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784103096399
発売日
2015/12/18
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ギリシア人の物語1 民主政のはじまり』 塩野七生著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

時代乗り切るヒント

 古代ギリシア人は短距離走者だという。ただし、いまだに破られない世界記録を保持する者だと。ローマ人の歴史を15巻にわたって書き起こした著者が、そのライバルにして永遠の見本たるギリシア人の歴史3巻に着手した。発明と創造の天才だが若くして歴史をとじた彼らは、しかし、はるかに長い生命を保っている。オリンピック、ギリシア神話、民主主義、そして科学や歴史や哲学。姿と形をかえて現在に生きつづける遺産は、この短い時代に生みだされた。その謎に挑むように、著者はギリシア人が世界史に登場する時代を物語る。

 なにしろ紀元を遡ること数世紀の世界である。歴史家であれば限られた史料や矛盾し欠損する証言から、ためらい沈黙するような内容も、著者はすっきり生き生きと語っていく。それが物語(ストーリー)の強みである。歴史研究から外れる記述や表記も散見されるなか、想像力を駆使してそこに生きた人間の行跡をたどり、私たちが生きる教訓を得る。ペルシア戦争の駆け引きや戦闘をクライマックスに、サラミスの海戦の英雄テミストクレス、プラタイアの戦闘の英雄パウサニアスといった男たちの活躍が描き出される。

 著者の目はまた、エリートと中産階級の抗争など、民主政が生じ発展した経験に注がれる。ギリシアに始まった歴史は、ローマやルネサンスといった後代から眺められることで明らかになる。イノベーションの天才テミストクレスら、ギリシア文明の特徴は「活用」にあるという。時代をどう乗り切るか、どう切り開いていくかという問いかけと、豊かなヒントがある。

 歴史物語とは、語り手のひいきでもり立てられた像をつうじて、それを越えて語りかけてくる過去に耳を傾けるものであろう。本書で古代ギリシアの世界に関心を抱いた方には、是非、ヘロドトスやトゥキュディデスらギリシア史書や研究者の書物を繙(ひもと)いてもらいたい。

 ◇しおの・ななみ=1937年、東京生まれ。作家。著書に『ローマ人の物語』『十字軍物語』など。

 新潮社 2800円

読売新聞
2016年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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