貧困、虐待…子ども巡る今昔

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  • ルポ 消えた子どもたち : 虐待・監禁の深層に迫る
  • 日本の少子化 百年の迷走
  • 宮本常一 忘れられた子どもたち

書籍情報:版元ドットコム

貧困、虐待…子ども巡る今昔

[レビュアー] 松山巖(評論家・作家)

 『ルポ 消えた子どもたち』は話題となったテレビ番組〈消えた子どもたち〉のNHK取材班がまとめた衝撃的な本だ。5歳でアパートに放置され、7年余り後に白骨化して発見された少年の事件を知り、子どもの事件を各施設に問い合わせたのが始まり。団地一室に閉じ込められ、18歳で逃げた少女の事件も知り、彼女への取材から事情を掌握する。18歳ながら発見時は小学生にしか見えなかったほど成長が止まり、母親からは産みたくなかった子となじり続けられたという。

 更に驚くのは、全国の児童相談所や児童養護施設などへの問い合わせで十年間に1039人の子どもが、保育園や学校に通えず、社会から消されていた事実だ。しかも保護されぬ子や無回答の施設もあり、千人強の子も氷山の一角に過ぎない。では親の状況は。貧困、自らも虐待を受けた者、精神疾患などが原因で単純に親が悪いとはいい切れない。精神疾患の母親の世話で学校に行けなかった子もいた。

 しかも施設収容後も彼らは人との交際が上手(うま)く出来ず、勉学の遅れに悩み、就職も難しい。悲惨なのは虐待された記憶が蘇(よみがえ)り、パニックに陥り、自暴自棄になることだ。

 この結果、施設を飛び出て、5年後に自殺した女の子もいる。彼女が施設を出た際に残した手紙には、「本当に弱い人はやらっれぱなしのイジメられた人ではなく、一人では行動できず、イジメで強さを表し、多数で行動して認められたい人だと私は思います。人を守って自分ががまんして来た人こそ素てきな人だと思います」と書かれていた。

 河合雅司著『日本の少子化 百年の迷走』は明治以降の人口問題を軸に、なぜ現在、少子化が進んでしまったのかを解き明かす。元々、日露戦争に勝利し、人口は増え始める。特に第一次大戦時はヨーロッパへの輸出が増え、工業化が進み、一気に人口増加は進み、当時は人口増加の解決策が問われた。工業振興で更に富を増やし食糧輸入で人々を養う策、植民地拡張策、移民を奨励する策が考えられた。産児制限をする策も話題となったが、戦争への機運が高まるにつれ〈産めよ殖やせよ〉の標語通りに人口抑制は忘れ去られる。

 敗戦後、団塊の世代以降も人口が増え続け、日本が再び領土拡張策に進む可能性をGHQは危惧し、産児制限の普及が急務となる。そのためGHQは様々な策を弄し、産児制限をPRし一般化させ、戦後のベビーブームから一転して少子化の途(みち)を突き進む。

 そして今、政府は少子化対策に取り組むようになった。ともあれ本書を読むと、政治が子どもの数をコントロールしてきた事実がよくわかる。

 では消えた子どもたちの問題も政治的解決しかないのか。実際、子どもたちを見守る目の網を細かくする試みが行政から始まっている。しかし私たちは今一つ忘れてしまったことがあるのではないか。

 『忘れられた子どもたち』は民俗学者宮本常一が間引き、堕胎、貰(もら)い子、棄(す)て子など貧しさ故に日本各地で行われていた実態を取材した文を再編集した本。だが、悲惨な記述ばかりではない。故郷の周防大島で子どもの頃、毎朝聞いた神社で祈る母親たちの声、我が子が亡くなる直前に氏神へ自身が祈った経験、子どもの行く末を祈る実母と祖母の記憶も綴(つづ)っている。

 昭和14年、出雲の海岸の村で泊めてくれた家の母親が、息子の出征以来、「近隣の神社への参拝を欠かしたことはないが、他人への親切も平常以上に心がけている」という言葉も聞き取っている。この母の祈りは、パニック後に自殺した少女が残した手紙の言葉と響き合っていないか。

 三冊で改めて感じたのは政治的解決以前に、私たちが失い、忘れたのは子と他人を気遣う祈りの心ではないか、と。

 ◇NHK取材班=2014年に発覚した厚木男児白骨遺体事件を機に、報道局記者、ディレクターで結成。 ◇かわい・まさし=1963年、名古屋市生まれ。産経新聞論説委員。 ◇みやもと・つねいち=1907~81年。民俗学者。著書に『忘れられた日本人』など。

NHK出版新書 780円新潮選書 1400円八坂書房 2200円

読売新聞
2016年2月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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