サスペンス界の新女王が精神科医療施設の闇に迫る

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サスペンス界の新女王が精神科医療施設の闇に迫る

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 日本ミステリーが海外の文学賞を受賞するケースが増えてきた。二〇一二年、東野圭吾『容疑者Xの献身』がMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞の候補に挙がったときは、日本作品がついにビッグな賞を射止めるかとぬか喜びしたものだが、残念ながら落選。そのときの受賞作がモー・ヘイダー『喪失』であった。

 ヘイダー作品はデビュー長篇『死を啼く鳥』等、ロンドン警視庁のジャック・キャフェリー警部を主人公とする作品が日本でも紹介されていたが、シリーズは第二作で打ち切られた。しかしその後キャフェリーをブリストル市の重大犯罪捜査隊に異動させてシリーズ再開、『喪失』はその第五作に当たる。

 本書はその続篇で、シリーズ第六作。今回の主要舞台は自傷他害の危険性の極めて高い患者を収容している重警備精神科医療施設だ。著者のおどろおどろしい作風にうってつけというか、出だしから女性患者の皮剥ぎ(!?)まで飛び出すあざとさ。

 施設ではかつて救貧院だった時代の女の幽霊が出没しているという噂が流れていたが、そんなとき患者の死や自傷行為が相次ぎ、職員たちまで不安に駆られていた。事態を憂慮した看護コーディネーターのA・J・ルグランデは院長のメラニー・アローに調査を願い出るが、彼女は施設の運営組織に気兼ねしてか今いち及び腰。その折衝をきっかけに、ふたりは付き合い始めることに。

 キャフェリーはキャフェリーで、女性の失踪事件を追っていたが捜査が進まず、担当から外されかかっていた。実は彼は事件の真相を知っていたのだが、潜水捜索隊のフリー・マーリー巡査部長が関わっていたので、彼女をかばって捜査を操作していた。そんなとき、A・Jから施設の相談を受けるのだが……。

 今回キャフェリーは三作目から関係のあるマーリー絡みの事件に追われ、脇に回った恰好。彼に代わって主役を務めるのが、ナイスガイだが皆から凡人呼ばわりされているA・Jで、彼を軸にした施設内の濃厚な人間劇やらイングランドの田舎の生活劇が読みどころだ。出だしからインパクトがあるので中身もいかにもえぐそうだが、安心して下さい。表題の道具立て等、ホラー調の演出もまじえてじっくり読ませる謎解きサスペンスに仕上がっている。

 P・D・ジェイムズ、ルース・レンデル亡き後、ミネット・ウォルターズ等と新女王の座を競う作家だけに、改めて第一作からきちんと読めるようにしてほしいシリーズだ。

新潮社 週刊新潮
2016年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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