『日時計』 シャーリイ・ジャクスン著

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日時計

『日時計』

著者
Jackson Shirley [著]/渡辺 庸子 [訳]/ジャクスン シャーリイ [著]
出版社
文遊社
ISBN
9784892571169
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『日時計』 シャーリイ・ジャクスン著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

霧の中進むような物語

 時代も場所も判然としないとある小高い丘の上に、広大な敷地を見下ろす豪奢(ごうしゃ)な屋敷が建っている。住んでいるのは財産家のハロラン一族と使用人たち。その内の一人がある日突然、近々世界の終焉(しゅうえん)が訪れ、屋敷の住人だけが生き残るというお告げを受ける。以後、運命の一日を待つ謎めいた一族の物語は小さな脱線と夢想を繰り返しながら、読む者の心を不可思議な時間の中に引き込んでいく。

 強引とも必然とも言える展開の妙に加えて、この小説にはもう一つ、見逃せない魅力がある。それは、高慢ちき、皮肉屋、臆病、業(ごう)突く張り……書き出せばきりがないほど、徹底的に性格に難ありの(そして各々(おのおの)の難のバリエーションが実に繊細で素晴らしい)、総勢十二名に及ぶ屋敷の住人たちだ。そのため屋敷内は常にぎすぎすとした曲者(くせもの)の見本市のような状態になっているのだが、読んでいて少しも嫌な感じがしない。むしろ自分もこの屋敷の一員となって、読者の失笑を買いたくなるような、奇妙にねじれた気持ちを起こさせる。それはこの群像劇を安易なスラップスティックには陥らせない、著者の物語作者としての真摯(しんし)さと、抑制の効いた絶妙なユーモアセンスのおかげだろう。

 お告げを信じたある者は持病の喘息(ぜんそく)が治ると喜び、ある者はサバイバル本を購入し、最後は一家総出で、滅びゆく屋敷の外の人々のためにバーベキューパーティを開く。しかしそんな異様で滑稽な光景の中にこそ、この複雑な世界を成り立たせている一つの秘密が隠されている気がしてならず、読んでいる間、私は時折声をあげて笑いながらもずっと恐れおののいていた。

 屋敷を包む濃密な霧の中を進むようにページを繰っていくうち、霧はますます濃くなり、自分がどこに立っているのかわからなくなる。最後のページの最後の一文に辿(たど)りついたと知れた瞬間、きっと再び、最初のページを開くことになる。渡辺庸子訳。

 ◇Shirley Jackson=1916~65年。作家。米・サンフランシスコ生まれ。著書に『丘の屋敷』。

 文遊社 2700円

読売新聞
2016年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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