『ヨーロッパ時空の交差点』 大月康弘著

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ヨーロッパ 時空の交差点

『ヨーロッパ 時空の交差点』

著者
大月 康弘 [著]
出版社
創文社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784423460726
発売日
2015/12/25
価格
2,160円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『ヨーロッパ時空の交差点』 大月康弘著

[レビュアー] 納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

静謐で深い歴史と文化

 風を感じ色を見、そこに生きる人々と出会う。イスタンブル、ヨアニナ、キエフ、マダバ、ラヴェンナ、アーヘン…。聖職者や学者や王侯貴族、書物や遺物や建築から開かれるはるかな過去が、私たちに語りかけてくる。ビザンツの歴史を専門とする著者が雑誌「創文」に8年にわたって連載した巻頭コラム63本。それらが執筆順に5部に分けて収録され、各項に印象的な写真が添えられている。時間と空間と文化を越える旅がそこにある。

 「マホメットなくしてシャルルマーニュなし」と評されたヨーロッパ世界の誕生は、さらにビザンツという架け橋、ローマ帝国という起点なしに理解できない。その地はやがてオスマン帝国に引き継がれ、多彩で豊かな地中海世界が展開された。古代多神教、キリスト教(カトリック、ギリシア正教、ロシア正教)、イスラムといった宗教が交錯し、聖なるものとその記憶が受け継がれる。歴史と書き物が教えるのは、その文明の作法である。

 著者が「あとがき」を書いた1月後、パリで同時多発テロ事件が起った。本書が幕開けの舞台とし「共生する空間」と呼んだヨーロッパの美都は、目下対立と問題の吹きだまりと化している。著者が辿(たど)った聖者たちの町や文化交流の街道は、今やシリア方面から流れこむ移民たちで溢(あふ)れている。だが、現在世界が直面する困難のうしろに、静謐(せいひつ)で奥深い歴史と文化が息づくことを、けっして忘れてはならない。

 ヨーロッパの礎に「寛厚の精神」を見よう。宗教と歴史の厚みは、その伝統を培ってきた。「ヨーロッパ」とは何か、それを冷静に見直す時であろう。歴史を繙(ひもと)き、先人が積みあげた遺産を味わうには、私たち自身が時と場をめぐる旅人とならなければならない。そうしてヨーロッパという隣人に出会い、共に現代を生きよう。本書の写真や言葉はそう語りかけ、旅に誘ってくれる。

 ◇おおつき・やすひろ=一橋大教授。著書に『帝国と慈善 ビザンツ』、訳書に『皇帝ユスティニアヌス』など。

 創文社 2000円

読売新聞
2016年2月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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