【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】楢山節考 [著]深沢七郎

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楢山節考

『楢山節考』

著者
深沢, 七郎, 1914-1987
出版社
新潮社
ISBN
9784101136011
価格
242円(税込)

書籍情報:openBD

【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】楢山節考 [著]深沢七郎

[レビュアー] 渡部昇一(上智大学名誉教授)

 新聞を披いても、テレビをつけても、健康に関する広告や記事の多いこと。日本人の最大関心事が長命であることを示していると言ってよいだろう。健康長寿のための医者さんたちの著書の多いこと。しかもその多くはベストセラーだと言う。

 そんな時に私は丁度六十年前に日本の読書界を震撼させたほどの新人作家の物語りをどうしても思い出してしまうのだ。それは姥捨山伝説をもとにしたものであろうが、その生(な)ま生(な)ましい写実と、底に流れる細い親子の愛が感じられる比類のない作品だった。

 信州の山々の間にある村におりんというお婆さんがいた。この村では七十歳になった老人は「楢山まいり」することになっている。「楢山まいり」と言っても登山や参拝ではない。山や谷の奥の奥にあるという楢山に七十歳になった老人が捨てられるということなのだ。

 おりんは五十年も前にこの村に嫁にきて、二十年前に夫を失い、息子の辰平と四人の孫と暮している。おりんは「楢山まいり」の準備をして、酒などもちゃんと造ってある。ただ心配なのは歯が丈夫で全部揃っていることである。それで火打石で前歯を叩いて折ろうとする。老人が丈夫な歯を揃えて持っていることは恥しいことなのだ。それで歯の抜けたきれいな年寄になって楢山に行きたかったのだ。

 そんな時に、寡夫になっている辰平に嫁が来た。その嫁が「おりん婆さんがいい人だと聞いてきた」と言うのを聞いておりんは嬉しく思う。また一番年上の孫にガール・フレンドが出来て妊娠五ヶ月ぐらいになっているのを知る。この村では、曾孫(ひこ)を見る老人は嘲笑されるのである。

 おりんは息子(この男は母思いらしい)をはげまして楢山に向って背負ってもらう。そこには白骨と烏(からす)の群がいる。鳥葬の国を思わせる。おりんはそこに聖者のようにすわる。その筵(むしろ)も自分が準備したものだ。丁度その時、幸運を示すという雪が降ってくる。帰り道、辰平は近所の老人が荒縄でしばられて谷に投げこまれるのを見る。実は私の祖母の田舎でも、姥捨ではないが自ら食を断つ老人たちの話は聞いたことがあった。

新潮社 週刊新潮
2016年2月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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