【聞きたい。】乃南アサさん『美麗島紀行』 「故宮」「屋台」だけではない台湾
[文] 磨井慎吾
■「故宮」「屋台」だけではない台湾
いま台湾旅行と聞くと、何が思い浮かぶだろう。一般的にはまず故宮博物院、屋台グルメ、マッサージといったあたりだろうか。さまざまな面で日本との距離が近く、安全安価、海外旅行初心者向けの手軽な観光地というイメージだ。
だが「それだけではない台湾があることも知ってほしい」と、心理サスペンス小説の第一人者として知られる著者は訴える。自身、取材で台湾を訪れたことは何度もあったが、「本当の意味で台湾を歩いたことがなく、日本の植民地だったということも、あいまいにしか知らなかった」。
執筆の直接のきっかけは、5年前の東日本大震災の際、台湾から厚い支援が送られたことだった。特別な厚意を向けてくれた相手に対し、日本人はあまりにも無知ではないか。「どうして台湾の方がそこまで心配してくださるのか。それをきっかけにいろいろ調べるようになりました」
より深く台湾を知るため、乃南さんは古い街並みが残る地方都市を訪ね歩いた。そこから見えてきたのは、いまなお自らの位置づけを模索する複雑なアイデンティティーだった。台湾が世界史の表舞台に登場したのは、400年ほど前。支配者はオランダや清朝、日本そして中国国民党と、歴史の中で次々に変わっていった。「現地で『台湾人は三十六面体』と言う人もいましたが、あり得る表現だと思います。それが、生き延びるための知恵だった」
その中でも、19世紀末から50年間台湾を統治した日本が及ぼした影響は大きかった。日本語世代の老人たちや日本時代の建造物との出会いを描く乃南さんの筆は、喜びと郷愁、申し訳なさや感謝などが入り交じり、この島に生きる人々への深い愛が伝わってくる。
先月、台湾人意識が高まる中で民主的に政権が交代し、再び変化の時期を迎えた台湾。「もう二度と抑圧や暴力を受けることのない、元気な島になってほしい」というのが、乃南さんの願いだ。(集英社・1700円+税)
磨井慎吾
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【プロフィル】乃南アサ
のなみ・あさ 昭和35年、東京都生まれ。平成8年『凍える牙』で直木賞。23年『地のはてから』で中央公論文芸賞。