最後の一年で女優が書き遺したもの

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カーテンコール

『カーテンコール』

著者
川島 なお美 [著]/鎧塚 俊彦 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103397816
発売日
2015/12/08
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

最後の一年で女優が書き遺したもの

[レビュアー] 新潮社企画編集部

 二〇一四年の九月下旬、一通のメールが新潮社の編集者N宛てに届いた。

「自分が書くことに本当に意義があるのだろうか? と自問する日々でした。軽いかんじの本ならすぐにでも書きたいのですが、あれから色々思うところがあって。経験のそれほど深くない私が書いていいのか? とか、世間は徐々に忘れてくれるだろうけど、出版することでまた癌というイメージを川島なお美にうえつけて何のメリットがあるんだろとか(略)。迷いはありますが、とっかかりの部分、書いてみますね」

 文中にある通り、差出人は女優の川島なお美さん。友人でもあったNに「がんの体験記」執筆を約束していたものの、なかなか書き出せなかった理由を正直に打ち明けている。

 遡ること八か月前、同年の一月末に腹腔鏡による肝内胆管がんの切除手術を受けた川島さんは、当初病気について公表するつもりはなかった。医師から寛解のお墨付きをもらった後に、例えば「徹子の部屋」などで告白するつもりだったという。しかし、仕事に復帰してすぐ、手術のことが週刊誌にスクープされ、ワイドショーを賑わすことに。

 その後、作家の林真理子さんから手記の執筆を勧められたこともあり、編集者のNに相談の上、いざ書き始めようとした川島さんだったが、不安や迷いが生じて筆が進まなかった。しかも、七月には「がん再発」が明らかとなり、手記どころではなくなっていたのかもしれない。

 それでも、やがて川島さんは覚悟を決め、Nに冒頭のメールを送信する。その日付は「2014年9月24日」。日本中に大きな衝撃を与えた死の、ぴったり一年前だった。

 しばらくすると、メールに直接書き込まれた原稿がNに送られてきた。その序章にはこうある。

〈世間に知れ渡ったからには、もう隠し立てする必要もないのです。

 堂々と何でもお話しできます。

 同じようにがんかもしれないと悩んでいる方、がんと宣告されたものの、どうしたらいいか迷っている方、初めての出来事に不安いっぱいになっている方、そんな方々に、自分の経験を生かし、少しくらいアドバイスできることがあるのかもしれない……そう思うようになりました。〉

 ひと月に一章のペースで送られてくる原稿には、川島さんの体験した「がん」の一部始終が、包み隠さず記されていた。病気は人間ドックで偶然発見されたこと、開腹手術と抗がん剤には疑問を抱いていること、最善の治療法を求めて様々なセカンドオピニオン外来を訪ねたこと、そして、手術前夜に病室で夫宛ての遺書を書いたこと……。あくまでクールに、時にはユーモアたっぷりに綴られた文章は、その質の高さと読みやすさに、編集経験の長いNも驚いた。

 執筆と並行して推敲も重ねられ、翌二〇一五年の七月に原稿はほぼ完成。手記の出版までの具体的なスケジュールも決まって、我々が編集作業に入ろうとした矢先、川島さんの身体に異変が起きた。

 あるイベントへ出席したことがきっかけで騒がれ始めた激やせ、さらに体調不良による突然の主演ミュージカル降板。自身のブログを通じ、川島さん本人は復帰に強い意欲を見せていたが、九月二十四日、そのまま帰らぬ人となった。享年五十四、あまりに早すぎる死だった。

 原稿はがんを克服したことが前提の内容であったため、一時、出版が危ぶまれた。しかし、パティシエである夫、鎧塚俊彦さんが亡き妻の遺志を継ぎ、最終章を加筆したことで、『カーテンコール』は世に出たのである。

 死の直前まで舞台に立ち続けた女優は、最後の一年をかけて書き遺した手記で何を伝えたかったのだろうか。出版の打ち合わせの席で、川島さんが口にした言葉を思い出す。

「これは闘病記じゃない。あくまで生きるために、医師からがんを宣告されたらすべきことを、皆さんに伝えたくて書いたの」

 その強い思いを受け止めて、ぜひ読んでいただきたい一冊である。

新潮社 波
2016年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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