被災地に幽霊…? 生と死に向き合う一冊

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呼び覚まされる霊性の震災学

『呼び覚まされる霊性の震災学』

著者
東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱 清(ゼミナール編) [編集]
出版社
新曜社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784788514577
発売日
2016/02/03
価格
2,420円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

被災地に幽霊…? 生と死に向き合う一冊

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 東日本大震災から5年。この「5年」というのは一つの区切りの意味を持つようで、関連図書の出版が相次いでいる。その中でも注目の本が東北学院大学、金菱清ゼミナールが行った「震災の記録プロジェクト」をまとめた本書である。このゼミの学生と指導教官である金菱清が、被災地における問題が生存(survive)から、生活(life)にシフトしようとしている2013年から始めたものだ。

 この5年間、被災地では何が行われ今に続いているのか。政府やマスコミ、インターネットからの情報しか知らない人たちは、この事実に驚かされるだろう。

 石巻市や気仙沼市で多く見られるという幽霊現象。実際にタクシーに乗せたという経験を持つドライバーに直接インタビューを行った。彼らは乗車させただけでなく、会話もしている。初夏に厚いコートを着て乗り込み、いつの間にか消えてしまう。乗車記録が残り未収金となる。若い人が多いのも特徴のようだ。ドライバーたちは怖がるわけではなく、その存在を受け入れる。古くから日本人がしてきたことと同じだ。

 おびただしい数の震災慰霊碑が建立されているが、旧閖上(ゆりあげ)中学校では死者を慰め悼むのではなく、彼らが生きていた証を記憶するための新たな試みがなされている。

 津波被害の象徴ともなった南三陸町の防災対策庁舎。「震災遺構」として残すか、遺族の心を思い解体すべきか。広島の原爆ドームの保存の視点からこの問題を探っていく。

 先祖供養のためのお墓に関する問題も見逃せない。全てが流された地域では、人々の心が休まるように新しいお墓の形が生まれ始めている。

 本書では、報道されなかったヒーローたちの姿も紹介されている。

 672ものご遺体が仮埋葬として土葬にされた現場で、あらためて掘り起し、火葬にしていく作業についた葬儀社の9人だけのチーム。

 津波のデッドラインにあたる水門の閉鎖を行った消防団の人々。

 そして終わりの見えない原発事故の後始末。その一端として、野生動物の駆除にあたる猟友会が紹介される。高い放射線量が検出されるため、食べることもできない野生動物を殺生する意味と誇りは何か。

 取材者の多くは東北出身者で、高校3年に進級する春に震災を経験した。それだけに東北地方に貢献したいという思いが強いという。自分たちの手で震災の記録が編まれたことは、自信となり力となるに違いない。多くの人に知ってほしい一冊である。

新潮社 週刊新潮
2016年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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