「観察映画」の撮り手が語る 受容、反発、そして揺れ

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観察する男

『観察する男』

著者
想田 和弘 [著]/ミシマ社 [編集]
出版社
ミシマ社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784903908731
発売日
2016/01/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「観察映画」の撮り手が語る 受容、反発、そして揺れ

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 ああすればこうなる式のマニュアルに覆われた、現代人の暮らし。うんざりする気持ちにもすでに飽きてきた。緻密なプランニングもマーケティングも、「誰も思いもつかなかったこと」を呼んで来はしない。

 もし日本人が本気で「昭和中期のキラキラした日本」を取り戻したいのなら、やり方は簡単だ。スタートからゴールまでを一直線で結ぶ道を捨てること。そして、自分の思いどおりにならない世の中を肯定することだと思う。

 この本の著者は、「映画監督」と言ってみんなが思い浮かべるようなタイプではない。その作品は、ドキュメンタリーより「観察映画」と呼ぶのが似合う。映画づくりの「十戒」は、「被写体や題材に関するリサーチは行わない」から始まり、台本なし、カメラは一人で(監督が)まわす、編集作業においてすらテーマは決めない、映像にナレーション・テロップ・音楽はつけない、といった調子。筋書きいっさいなしの無骨な映画づくりが、観る者だけでなく作り手をも、予定調和の外側へ連れていく。

 そんな監督がこのたび新作を撮影する、というところからインタビューを重ねて作ったのがこの本だ。映画のテーマも題材ももちろん未定。ただ「岡山の牛窓という場所に行き、撮れるものを撮ってみる」ことしか決まっていない。完成するかどうかもわからないのである。

 映像を撮り始めてから編集が終わるまで、監督はいろんなことを語る。思うようにならない環境のなかで、もがいている、反発している、だけれどもすべてを受け入れている。その揺れ具合を味わって読む。

 牛窓で撮れた映像は『牡蠣工場(かきこうば)』というタイトルの映画になった。漁業の先細り感、田舎町の高齢化と後継者難、そこへ来る中国人労働者。撮るつもりで撮った映像には写らないなにかが見えるだろう。東京では2月20日より、シアター・イメージフォーラムで公開される。

新潮社 週刊新潮
2016年3月3日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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