『「罪と罰」を読まない』 岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美著

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『罪と罰』を読まない

『『罪と罰』を読まない』

著者
岸本 佐知子 [著]/三浦 しをん [著]/吉田 篤弘 [著]/吉田 浩美 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163903668
発売日
2015/12/12
価格
1,674円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『「罪と罰」を読まない』 岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美著

[レビュアー] 長島有里枝(写真家)

未読の名作 筋を妄想

 「とある宴席の片隅」に居合わせた四人が話に興じるうち、その場にいる誰も『罪と罰』を読んだことがないという事実を発見する。ならば、ドストエフスキーの名作を「読まない」まま、読書会をしようという奇妙な試みの一部始終を収録したのが本書だ。

 まず、タイトルに強く惹(ひ)かれた。わたしも『罪と罰』を読んだことがなく、また読む予定もなかったからだ。冒頭で吉田篤弘さんが「白状」しているように、世界中で大切に読まれている名作に無関心な自分を――「小説」にたずさわる仕事についていれば尚(なお)のこと――いつも心の隅っこで恥ずかしく思ってきた。その後ろめたさが嵩(こう)じて、本を勧めてくる人を完璧に言い負かせる「読まない理由」の準備さえある。

 「未読座談会」と称された本編では、普段から物語や言葉を紡ぐことを生業としている著者たちが、ほんの少し与えられている予備知識をもとに、自らの叡智(えいち)を総動員して『罪と罰』のストーリーを予測(妄想?)していく。例えば、翻訳家の岸本さんは、数少ないヒントの一つとなる『罪と罰』英語版の最初と最後のページを邦訳しているし、三浦さんは近代世界史に造詣が深く、歴史的背景に照らし合わせながら主人公の心情を推理する。文章を紡ぐ人たちの圧倒的な洞察力、稀有(けう)な想像力や機知が、「ラスコーなんとか」という主人公が「おばあさんを殺しちゃう」から始まった物語を、本家とは全く別の方向に導き、まるで新しい小説の生まれる瞬間に立ち会ったかのような気にさせられる。これほど知的な人たちが知らないたった一つのこと――そのために集まって真剣に議論し、明らかにしようとしているもの――は、他でもない『罪と罰』のあらすじなのが、本当に可笑(おか)しい。

 こんな贅沢(ぜいたく)な「遊び」ができるんだったら、大人になるのはまったく悪くない。「読まない」本書の読後は、本当の『罪と罰』を読みたくなること必至だ。

 ◇きしもと・さちこ=1960年生まれ ◇みうら・しをん=76年生まれ ◇よしだ・あつひろ=62年生まれ ◇よしだ・ひろみ=64年生まれ

 文芸春秋 1550円

読売新聞
2016年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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