『モーツァルト 最後の四年』 クリストフ・ヴォルフ著

レビュー

0
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

モーツァルト 最後の四年

『モーツァルト 最後の四年』

著者
クリストフ・ヴォルフ [著]/礒山 雅 [訳]
出版社
春秋社
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784393932001
発売日
2015/12/21
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『モーツァルト 最後の四年』 クリストフ・ヴォルフ著

[レビュアー] 牧原出(政治学者・東京大教授)

分野を超えた天才論

 天上の音楽とも見まがう曲を次々と書き、窮乏の中、早すぎる死を迎えたモーツァルト。そうした伝説は今なお健在だ。本書表題の最後の4年間は、交響曲ジュピター、オペラ魔笛をはじめ、協奏曲、ピアノ曲など多種多様な傑作を書き連ねた時期。伝説のクライマックスである。

 これまでモーツァルトについての本と言えば、愛好家向けだった。行間から「ほら、こんな素敵(すてき)な作曲家だよね」と言わんばかりの書き手の目配せが見え隠れする。だがバッハ研究者から出発した著者は、そのような姿勢を一切見せない。他の作曲家と冷徹に比較しつつ、資料から死の直前数年を読み解く。そこから現れるのは、オーストリア皇帝直属の貴賓室作曲家の地位を得たモーツァルトとその前途洋々たる未来である。

 もはやモーツァルトは恐るべき子供ではない。名声を求める若き野心家である。ウィーン以外の都市でも成功の可能性を探り、将来のパトロンを開拓する。王侯貴族のように浪費し借金も賭博もするが、それに見合う収入を確保するための先行投資も欠かさない。オペラに特化せず多様なジャンルに挑戦したのもそのためだ。トルコ戦争の余波で貴族たちが作曲家への支出を控えたりしなければ、安定した生活の中で円熟した作品が書かれるはずだった。

 有名な手紙の一節「作曲しましたが、まだ書き下ろしていません」。ここに人は、記譜前に完璧に頭の中で曲を創り上げていた天才を読みとった。だが晩年の多数の自筆譜を分析すると、有り余る楽想をさらに研ぎ澄ませ、徐々に最終稿へ仕上げていたことが分かる。著者は美辞麗句も予断も排して実像を描き出す。立ち現れるのは一見理解可能な常人である。だがまだどこかに計り知れぬ作曲家の姿があるのでは? そう思わせる何かがじわじわと伝わってくる。真の才能とは「皆そうしたもの」なのだろうか。本書はモーツァルト論にとどまらない。あらゆる分野に及ぶ天才論である。礒山雅訳。

 ◇Christoph Wolff=1940年、ドイツ生まれ。ハーバード大名誉教授。バッハ研究の最高権威として著名。

 春秋社 2500円

読売新聞
2016年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加