【聞きたい。】浅田次郎さん『獅子吼』 短編で“読まない人”振り向かせたい
[文] 喜多由浩(産経新聞社 文化部編集委員)
短編を書き続ける理由のひとつは、昨今、めっきり増えてしまった“本を読まない人”を振り向かせたいからだ。「(読書習慣のない人に)いきなり上・下巻の長編小説はハードでしょう。短い物語なら『面白そう』と手にとってくれるかもしれませんから」
今回の6つの短編も、とにかく「面白い物語」を基準に選んだ。表題作の『獅子吼(ししく)』は戦時中、軍の命令で殺されることになった動物園のライオンを“動物側の視点”で描く。「反戦がテーマ? うーん、好んで戦争をする人はいないけど、実際に戦争は絶えることがない。『動物』から見たら、そんな『人間』が愚かしく見えるでしょう」
『うきよご』は私生児をさす京都の古い言葉。複雑な家庭に育った少年は東大受験を目指し顔すら覚えていない腹違いの姉を頼って上京してくる。背景の「東大入試中止」(昭和44年度)は著者の世代。“妙な空気”がそこにあった。
「学生運動真っ盛り。でも(経済的な問題で)僕は高校1年生から自分で働いて必死に学費を稼いでいたから、しょせん『時間と金に余裕のあるヤツがやることだ』と次第に生理的な嫌悪感を感じるようになった。今も変わりませんね」
昨年、お笑い芸人の又吉直樹が書いた芥川賞作が大ベストセラーとなった。だが、全体的な活字離れ、小説離れは止まらない。
「彼(又吉)もいっそ、こっち(作家専業)にくればよかったのにね(苦笑)。とにかく切実な問題ですよ。電車で本を読んでいる人が誰もいない。隣の若い女性を見れば、取りつかれたように(スマホの)ゲームをやっている。大学まで読書習慣がなかった人も今や珍しくありません」
どうすればいいのか? 「倫理観に訴えるしかないと思う。物語を失うことは想像力・創造力を失うことです。『自分で考えるのか、それとも放棄するか』と」(文芸春秋・1400円+税)(喜多由浩)
【プロフィル】浅田次郎(あさだ・じろう) 昭和26年東京生まれ。平成9年「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞受賞。「きんぴか」「蒼穹(そうきゅう)の昴(すばる)」シリーズ、「地下鉄(メトロ)に乗って」などヒット作多数。