『アメリカ最後の実験 = America:The End of the Experiment』
- 著者
- 宮内, 悠介, 1979-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784103398110
- 価格
- 1,650円(税込)
書籍情報:openBD
受賞続々、直木賞も候補に 気鋭の作家の最新長篇
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
『盤上の夜』でデビューして以来、3作続けてSFを出してきた宮内悠介だが、第4作となる本書『アメリカ最後の実験』は、アメリカ西海岸を舞台とする音楽青春小説。
主人公の脩(シュウ)は、母と自分を棄てたピアニストの父・櫻井俊一を追って、西海岸にやってきた日本人の青年。7年前に渡米した父は、ジャズの名門校〈グレッグ音楽院〉に合格したらしいが、その後、杳として消息が知れない。脩は、父の手がかりを求め、自身もグレッグ音楽院のピアノ科を受験する。
この難関音楽学校の超ユニークな実技試験や、ライバルの受験者たちとの友情と競争が物語の軸になる。マフィアのボスの跡取り息子で、つねにお目付役に監視されている少年ザカリー。スキンヘッドの巨漢だが、心優しいマッシモ……。彼らとともに、さまざまな難題を脩が次々にクリアしていく前半部は、スポーツもの的な(あるいは『ガラスの仮面』的な)面白さ。特殊な方法で調律されたピアノをほぼ初見で弾かされたり、対戦相手と4小節ずつ交替に弾いて1曲を完成させることを求められたり。実際、インタビューによると、構想の原点は、“音楽版『グラップラー刃牙』”だったらしい。
父のピアノを通じて、音楽で人の感情を自在に操れることを知った脩は、逆に、技術だけを磨き上げ、音楽に心などない、音楽はゲームだと言い放つ。その冷めた性格も本書の魅力のひとつ。
脩は、かつて俊一と同居していたという先住民の女性リューイと知り合い、父が使っていた楽器〈パンドラ〉を渡される。それは、ブルーノート・スケールを弾けるように改造されたシンセサイザーだった。この特異な楽器を武器に、脩は後半の試験に挑む。
――と要約するとストレートな音楽スポーツ小説のようだが、実際はさまざまな要素がからみ、一筋縄ではいかない。二次試験会場で起きた殺人事件と、現場のホワイトボードに記された「アメリカ最初の実験」の文字。それに端を発して、「アメリカ第二の実験」「第三の実験」……とつづく連鎖殺人。じょじょに明らかになる父・俊一の過去と、事件の関わり。実業家ヨハン・シュリンクが先住民の保留地を使って企てた驚くべき実験……。
アメリカ論、音楽論をも孕みつつ、小説はエンターテインメントの枠を超えて、新たな地平に踏み出してゆく。新境地を大胆に切り拓く、宮内悠介らしい独創的な野心作だ。