『その姿の消し方 = Pour saluer André Louchet:à la recherche d'un poète inconnu』
- 著者
- 堀江, 敏幸, 1964-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784104471058
- 価格
- 1,650円(税込)
書籍情報:openBD
端正なシーク&ファインド 謎の詩人が〈私〉を導く
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
フランス留学時代、〈私〉は一枚の古い絵はがきを偶然入手する。差出人の名はアンドレ・Lで、名宛人はナタリー・ドゥパルドンという女性。〈変形のサイロか納屋のようにも見える奇妙な外観〉の建物の写真の裏側に記された〈ひどく抽象度の高い言葉の塊が、ぴったり十行に収まる詩篇〉に心惹かれた〈私〉はそれを日本語に訳し、以来、古物市に出くわすたびにアンドレ・Lなる人物の絵はがきを探すようになる。堀江敏幸の『その姿の消し方』は、そんなエピソードから滑り出すのだ。
やがて二枚目が見つかり、さらにもう一枚見つかり、詩の意味と、調べてもその名をどこにも見つけることができない謎の詩人アンドレ・Lに対する〈私〉の興味はいや増していく。そして十年余を経て後、再びフランスに長期滞在する機会を得たので、ついに写真に記されていたM市の役所に電話をかけてみる。すると、姓のLがルーシェで、一九四三年に病気で亡くなったことや、会計検査官だったことがわかったばかりか、孫娘の存在も判明。〈私〉は彼女に手紙を出し、それをきっかけに、ルーシェの息子の友人だったという老人とも知り合い、不思議な縁をフランスで結ぶことになっていくのだ。
そうした端正なシーク&ファインドをめぐる筋が、読んでいて胸のうちにすっと気持ち良く入ってくる。それは、語り口の力によるところが大きい。〈読めば読むほど喚起されるイメージの乱反射にとまどい、眼がくらんで、言葉のひとつひとつを注視できなくなる〉ルーシェの詩の訳文はもちろん、とりたててどこかを抽出して引用するのがためらわれるほど、すべての文章が美しいのだ。詩の意味や名宛人の女性の謎は最後までわからないまま。でも、それがいい。〈世界を閉ざさず、宙づりに、開いたままにしておくこと〉こそがルーシェの詩の魅力であり、それはそのままこの小説の素晴らしさの所以でもあるのだから。