『ブロッケンの悪魔』
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一気通読間違いなし! 山岳冒険小説の傑作登場
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
最近下火の冒険・スパイ小説。その復活を期して今年の頭に刊行されたのが、早川書房編集部編『新・冒険スパイ小説ハンドブック』だが、早くもその成果が現れたか、国産山岳冒険小説の傑作登場である。
副題に「南アルプス山岳救助隊K-9」とあるようにシリーズものの最新作だけど、前作を読んでいないとわかりにくいなんてことはない。本書が初めての人でも全然OK。
物語本篇は崖から滑落し遭難寸前の男性登山者の姿から幕を開ける。いきなり絶望的なシーンでハラハラさせられるが、そこに颯爽と登場するのが女性救助隊員の星野夏実巡査と救助犬メイ。つかみは充分だ。
夏実は南アルプス北岳中腹の山小屋に隣接する警備派出所に詰めている。男性を救った二日後、現場の視察にくる地域特別指導官の出迎えを仰せつかるが、その途中、大荷物を背負った厳めしい中年男の二人組とすれ違い、不吉な予感に駆られる。彼女は視覚対象に色を感じる共感覚の持ち主だったのだ。折りしも超大型台風が日本に接近中で、救助隊員たちも対応に追われていたが、予感通り、麓と登山口を結ぶ道路で相次いで崖の崩落が発生する。その頃、陸上自衛隊大宮駐屯地で猛毒のVXガスの盗難が発覚、首相官邸に政府首脳が集合していた……。
やがて北岳山荘を舞台に前代未聞のテロ事件が発生する。その大筋は帯の惹句から予想がつくかもしれないが、人物描写、背景描写に厚みがあり、群像劇演出もサスペンスが充分で、救助隊の日常からテロリストの暗躍へとつながっていく序盤からぐいぐいと読ませる。
台風の襲来も重なる中盤以降は、まさに「全篇、クライマックス!」状態。さらには北岳自体も自然の牙をむくというわけで、五〇〇ページ弱一気通読は必至。政府批判も辛口で、さすがこのジャンルのベテラン作家らしいそつのなさだ。本書は新たな代表作となるに違いない。