新刊のミステリー 短篇集が粒揃い!

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新刊のミステリー 短篇集が粒揃い!

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 今回は新刊のミステリー短篇集のなかから数冊を。まず、フェルディナント・フォン・シーラッハの『罪悪』。二〇一二年の本屋大賞翻訳小説部門第一位となった『犯罪』に続く第二短篇集だ。弁護士の「私」が遭遇したさまざまな罪悪を簡潔に語っていく。町のブラスバンドの男たちが祭の夜に起こした暴行事件、若かりし頃に罪を犯したものの、結婚して平穏に暮らしてきた男女のその後、寄宿学校で起きたいじめが思わぬ事故を引き起こす悲劇……。理不尽な結末を迎える事件もあればユーモアが漂うエピソードや、法の解釈をめぐってのスリルある展開など、テイストはさまざま。いずれも、人の心の不可思議さ、不確かさが描かれている。

 一方、犯罪とは無縁な謎が出てくるのは碧野圭『菜の花食堂のささやかな事件簿』(だいわ文庫)。東京・武蔵野にあるレストラン〈菜の花食堂〉では月に二回、料理教室が開かれている。参加者たちが抱える事情を、鋭い観察眼で見抜いてしまうのが店のオーナーの靖子先生。その様子を見守る助手の優希が視点人物だ。生徒の一人が突然恋人に別れを告げられた理由は? 職場の大切な先輩のために、当日購入したケーキが傷んでしまったのは誰のしわざ? 明るく家族思いの女性が珍しく息子を怒らせたのはなぜ? どの謎も料理や食べ物が絡むが、立ち上ってくるのは隠されていた人々の想い。靖子先生や優希にもそれぞれ事情があり、彼女たちのキャラクターにも惹きつけられる。

 推理を楽しみたいなら桜庭一樹編『江戸川乱歩傑作選 獣』と湊かなえ編『江戸川乱歩傑作選 鏡』(ともに文春文庫)を。乱歩没後五十年記念のアンソロジーだ。現代の人気作家二人が、どんな作品を選んだのかが興味深い。桜庭氏はデビュー作「二銭銅貨」から始まり問題作「陰獣」に至る並びで、初期の乱歩の素顔に迫ろうと試みる。湊氏は「湖畔亭事件」を中心に本格推理ものを集め、パズラーとしての乱歩を解読しようとする。選者の意図によって、大乱歩がまた違う表情を見せてくれているのが魅力だ。

新潮社 週刊新潮
2016年3月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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