『死んでいない者』 滝口悠生著

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死んでいない者

『死んでいない者』

著者
滝口 悠生 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163904122
発売日
2016/01/28
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『死んでいない者』 滝口悠生著

[レビュアー] 青山七恵(作家)

掴めぬ何かと向きあう

 子どもの頃、仲良しの友達が突然「私が死んだらそのへんにいてあげる」と言い出して、文字通り「そのへん」をもやもやっと指差したことがある。「死んだら」なんていう悲しい言葉と、「そのへん」なんていうちょっとだけいい加減な感じの言葉がぴったりくっついて出てきたことに、私は驚いた。「心の中」とかじゃなくて、「そのへん」。意外だけれども嬉(うれ)しかった。すとんと気持ちよく納得してしまった。

 本書の読後感は、あのときの感じにとてもよく似ている。ストーリーを要約することは難しいが、とにかくあるおじいさんのお通夜に集まってきた人々が、それぞれに故人を想(おも)ったり忘れたりしながら、好き勝手に飲み食いしたり、遊んだり、お喋(しゃべ)りしたりする話である。一見お通夜とは縁遠そうなほのぼのとした雰囲気の中、しかし残された者たちは確かに各々(おのおの)のやりかたで、死という掴(つか)みようのない何かに、掴みようのなさそのものに、謙虚に向きあっている。その様相を丁寧に映しとっていく語り手の視線は、それ自体が柔らかに伸び縮みし、誰かと誰か、過去と未来、生と死の間を行き来しながら絶えず揺らぎ、移動し続ける。その誰のものともつかない、あっちともこっちともつかない滑らかで即興的な語りのありかたがなんとも心地よいのだ。まさに昔誰かがもやもやっと指差した、「そのへん」が語っているようなのだ。

 「ある瞬間に、昔から何度も聞いたことのある感慨に至り、それがありふれていればいるほど、そこに未知の、既知の、人々の感慨が折り重なってくる」。登場人物の一人のそんな感慨もまた、読んでいる私たちの感慨と折り重なっていくことだろう、そして私たちが滅びた後にも、ただの感慨の層だけが永遠に立ち昇っていくだろう。だとすれば、がむしゃらに生死を繰り返すしかない人間の営みも、きっと繰り返し甲斐(がい)があると信じられる。驚き、嬉しく、納得する、幸福な読書体験だった。

 ◇たきぐち・ゆうしょう=1982年生まれ。著書に『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』。本作で芥川賞。

 文芸春秋 1300円

 

 

読売新聞
2016年2月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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