『萩原朔太郎論』 中村稔著

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萩原朔太郎論

『萩原朔太郎論』

著者
中村 稔 [著]
出版社
青土社
ISBN
9784791769087
価格
3,456円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『萩原朔太郎論』 中村稔著

[レビュアー] 安藤宏(国文学者・東京大教授)

手厳しさの背後に愛情

 朔太郎に対し、予想以上に手厳しい言葉が並ぶ。時に詩人としての鑑識眼から、また、時に社会派ヒューマニストとしての視点から、朔太郎の感傷主義や被害妄想、あるいは女性蔑視、社会的視点の欠如などが次々に暴き出されていく。だが、その批判は常に内在的だ。論者と朔太郎の資質の違いが、かえって朔太郎の創作活動の全体像を生き生きと照らし出すことに成功している。おそらくその背後にあるのは、自己の宿業を言葉にすべく、日本語に独自の音律を生みだそうとする営為への、深い共感と愛情なのだろう。

 初期の朔太郎の愛憐詩篇(あいれんしへん)、浄罪詩篇は自身の情欲への自己嫌悪との格闘だった。われわれはともすればその成果のみを偶像視してしまいがちだが、そこには多くの勇み足もあったはずだ。それを指さす本書の行間からは、中村氏の“はがゆさ”のようなものが伝わってくる。たとえば創作を理論化する中で、朔太郎は自ら実践した音律の試みを充分に説明することができず、観念と現実の二元論に自閉してしまっているのだという。その際、釣りこまれるように自らの音律論を展開してしまうくだりなどは、まさに本書の真骨頂といえるだろう。

 当初、田園や自然を嫌悪し、都会の人工美に憧れていた朔太郎は、やがてそれにも幻滅し、安住の地を失っていく。そこから漂泊者のモチーフが生まれ、詩集『青猫』以後の成熟を見ることができるのだという。その意味でも「我れは何物をも喪失せず/また一切を失ひ尽せり」(「乃木坂倶楽部」)という逆説表現は痛切だ。中村氏はこうした底知れぬ虚無に朔太郎の達成を見る。人口に膾炙(かいしゃ)した初期の代表作を見据えた上で、あえて晩年の境涯詩に魅力を見出(みいだ)すことができるのも、著者の円熟したまなざしならではだろう。

 米寿を越えた著者は、今なお法曹界で活躍しつつ、旺盛な評論活動を展開している。そのみずみずしい感性に、ただただ、脱帽である。

 ◇なかむら・みのる=1927年、埼玉県生まれ。詩人、弁護士。著書に『私の昭和史』、詩集『羽虫の飛ぶ風景』など。

 青土社 3200円

読売新聞
2016年2月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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