メイキング・オブ・たんぽぽ団地【自著を語る】

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

たんぽぽ団地

『たんぽぽ団地』

著者
重松, 清, 1963-
出版社
新潮社
ISBN
9784104075140
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

メイキング・オブ・たんぽぽ団地【自著を語る】

[レビュアー] 重松清(作家)

 旧知の映画監督から「仕事を頼みたい」と連絡が来たのは、昨年の春のことだった。新作を撮る、ついてはその原作となるお話を書いてほしい、という。

 ただし、劇場公開のあてはない。予算も極端に乏しく、原作料は、一夜の飲み代にも満たなかった。同世代の腐れ縁ならではの図々しい話だ。「新潮社で本にしてもらえよ。それがブワーッと売れればいいだろ」ということになったので、いま、「波」の誌面をお借りしてPRにいそしんでいる次第である。「ブ」の濁点ぐらいは売れてほしい、と切に思う。

 彼は、かつて――一九七〇年代前半は、子役として数多くの少年ドラマに出演していた。ほとんどは脇役だったが、ただ一度、主役を演じたシリーズがある。皆さんの中に覚えている方はいらっしゃるだろうか。『たんぽぽ団地の秘密』というSFっぽい設定のドラマだ。

 その後の彼は映画やドラマに出る側から撮る側に回って、三十歳前には小さな映画祭でグランプリに輝いたこともある。だが、地味な作風が災いして、最近は数年にわたって新作を撮る機会に恵まれていない。五十代も半ばにさしかかるいまは、CS放送の紀行番組や企業の広報動画といった請負仕事で、なんとか糊口を凌いでいる毎日なのだ。

 そんな彼が乾坤一擲、ひさびさにメガホンをとるのだから、古い友人としては手伝わないわけにはいかない。

 もっとも、この俺サマの奔放な想像力や雄大な構想力、緻密な細部へのこだわりを披露する余地はほとんどなかった。

「悪いけど」彼は言った。「もうタイトルもロケ地も決まってるんだ」

 タイトルは『たんぽぽ団地』。物語の舞台は、東京の某私鉄沿線にある、つぐみ台三丁目団地(仮名)。そこは、かつて彼が主演した『たんぽぽ団地の秘密』シリーズのロケ地だったのだが、もうすぐ取り壊され、高層住宅に建て替えられてしまう。すでに住民の多くは引っ越してしまった。

「でも、一九六〇年代からつづいた団地の歴史が、このまま消えてなくなるのは寂しいし、悔しいだろう? なんとかして残したいよ。たんに映像を残すだけじゃなくて、物語の舞台として、生活の実感がにじむかたちで残したいんだよ」

 そもそもは、『たんぽぽ団地の秘密』のロケの際にお世話になった住民有志が「団地のフィナーレを飾るイベントがなにかできないか」と考えているのを知って、「映画を撮りましょう!」と自ら売り込んだのだ。お金にはならない。作品としての評価も期待できない。それでも、なぜ――?

「住民有志の中に、大切なひとがいたんだ」

 同い年の、つまり、五十代のおばさん。

「でも、昔はすごくかわいくて、『たんぽぽ団地の秘密』にもエキストラで出てくれて、一緒にお芝居をしてるうちに、仲良くなって……初恋で……たぶん両思いで……」

 ふざけた話である。

 さらに彼は、キャスティングまですでに終えていた。

「予算のこともあるから、基本的には素人サンを使うんだけど、一人、どうしても使いたい子役の女の子がいるんだ」

 その子の名前を聞いた瞬間、思わず顔をしかめてしまった。各方面への差し障りがあるので実名は控えておくが、大変に評判の悪い少女である。何年か前にCMやバラエティ番組で人気を集めたものの、態度の悪さやワガママな性格がマスコミやネットで暴かれ、激しいバッシングを浴びて、表舞台から消えてしまった――と書けば、もしかしたら「ああ、あの子だな」と勘づくひともおられるだろうか。

 とにかく、彼女を重要な役につけることが、原作のお話の絶対条件となってしまったのだ。昨年の夏、彼女と初めての顔合わせをした。さんざんムッとしたし、新聞沙汰になりかねないトラブルもあった。しかし、いまにして思えば、その日のゴタゴタこそが、『たんぽぽ団地』の書かれざるプロローグになってくれたのだろう……。

 以上の話は全部嘘ですが、そんな嘘がマコトになるお話を書きました。よかったら読んでください。怒ったひとも読んでみてください。そうすれば、僕がなぜこんな嘘をついたかわかります。マッチの炎の、ささやかな炎上商法でした。

新潮社 波
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク