ボートが部屋から出ない! 閉塞した現実が穿たれる

レビュー

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10の奇妙な話

『10の奇妙な話』

著者
ミック・ジャクソン [著]/田内志文 [訳]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784488010539
発売日
2016/02/12
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ボートが部屋から出ない! 閉塞した現実が穿たれる

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 浜辺に建つぼろぼろの掘っ立て小屋に住む老姉妹が、海を漂流していた男を助ける「ピアース姉妹」から本書は始まる。意識を取り戻した男は、ふたりの怪物のような容貌を見て驚き、命の恩人に罵詈雑言を浴びせながら逃げだす。魚を獲って暮らすうちに屈強な肉体を得ていた姉妹は、あっさり捕まえてしまうのだが。その後の展開はグロテスクで恐ろしいのに、可笑しみと、不思議な心地よさもおぼえる。孤独だという自覚を持たないまま、長くつらい人生を歩んできた女たちが、思いがけず宝物を手に入れるからだ。

 著者のミック・ジャクソンはデビュー作にしてブッカー賞の最終候補にノミネートされた『穴掘り公爵』で知られるイギリスの作家だ。執筆活動をしながら映画の脚本や監督も手がけているらしい。『10の奇妙な話』は、奇妙な味のミステリが好きな人にも勧めたい。どの話も短いが、「蝶の修理屋」の少年が博物館で夥しい数の蝶から成る巨大標本を見る場面、「骨集めの娘」の少女が地面にたくさんの骨を並べてその中心に横たわるくだりなど、ミニマムな文章から豊かな情景が広がる。不気味かつ愛らしいデイヴィッド・ロバーツの挿絵も、作品の雰囲気に合っている。

 中でも記憶に残るのが「地下をゆく舟」だ。主人公のモリス氏は、四十二年にわたり勤めてきた金物店を定年退職したばかり。〈自分は何かに没頭していなくてはいけないのだ〉と思い立ち、打ち込めることを探し求める。彼はかつて両親と乗った手漕ぎボートを地下室で造るが、サイズが大きすぎて部屋の外に出せない。地下室に閉じ込められた舟は、戦争で片脚と親友を失い、働き詰めの毎日を過ごしてきたモリス氏の人生そのもの。だから、あることが起こり、ボートが水に浮かぶシーンに胸が躍るのだ。やがて舟がたどり着く場所にも魅了された。閉塞した現実に言葉で穴を穿ち、心を想像の世界に解き放ってくれる。

新潮社 週刊新潮
2016年3月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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