数学者にして名エッセイストの「女房」も只者ではなかった

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藤原家のたからもの

『藤原家のたからもの』

著者
藤原 美子 [著]
出版社
集英社クリエイティブ
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784420310734
発売日
2016/01/26
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

数学者にして名エッセイストの「女房」も只者ではなかった

[レビュアー] 碓井広義(上智大学文学部新聞学科教授)

 週刊誌の最新号を開く時、真っ先に贔屓のコラムを読むという人は多い。思えば自分も同様で、『週刊文春』では小林信彦「本音を申せば」だし、『週刊新潮』なら藤原正彦の「管見妄語」である。

 藤原エッセイの特徴の一つが、文中にしばしば出現する「女房」、つまり本書の著者だ。たいていは、正彦氏が「自分はエライ」とか、「とてつもなくモテた」などと主張する場面で登場し、夫の妄想を一刀両断の上、粉々に打ち砕いてしまう。

 正彦氏は、まるで著者が “ソクラテスの妻”であるかのように書くが、実際には形を変えた“女房自慢”であることが多い。『国家の品格』の藤原正彦が公器を使って自慢する女房とは、いかなる人物なのか。本書を読むと、よくわかる。

「捨てられない男」だという夫のせいもあり、藤原家にはさまざまなモノが保存されているという。その中から著者にとっての大切な「たからもの」を選び、記憶を呼び覚ますことで、家族や自分自身の軌跡を綴ったのが本書だ。

 たとえば、「新田次郎のリュックサック」。義父である新田が愛用した、キャンバス地で作られたシンプルなものだ。譲り受けた夫は、山を舞台にいくつもの名作を書いた父からの誘いを断り続けたが、著者は登山に夢中となる。また「夏休みの日記帳」では、著者が小学校2、3年生の頃に書いた日記が紹介される。独特の漢字学習法。感動した石森延男『コタンの口笛』。そして、後に25歳で病没した妹にまつわる、忘れられないエピソードも語られる。

 驚いたのは、最後に置かれた「ラブレター」の章だ。かつて住んでいたケンブリッジを訪れた際、旧友である男性と再会し、手紙を渡される。何とそれは熱烈なラブレターで、本書には翻訳された全文が掲載されている。「夫もかけてくれない愛の言葉、読み返すたびに心浮き立つ」と書く人妻。やはり只者ではない。

新潮社 週刊新潮
2016年3月17日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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