『ピエールとリュース』
- 著者
- Rolland, Romain, 1866-1944 /渡辺, 淳, 1922-
- 出版社
- 鉄筆
- ISBN
- 9784907580063
- 価格
- 660円(税込)
書籍情報:openBD
【教養人のための『未読の名作』一読ガイド】ピエールとリュース [著]オールコット[訳]渡辺淳
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
第一次世界大戦は国を挙げての大規模な戦争、総力戦となった。爆撃機、潜水艦、戦車、さらには毒ガスといった新兵器が登場し、厖大な数の兵士が犠牲になっていった。まさに「大戦争(グレートウォー)」だった(第二次大戦が始まるまでそう呼ばれた)。
しかもこの戦争では従来のように軍人や貴族だけではなく、志願兵、徴集兵を含め、多くの普通の小市民が戦場へと駆り出された。まさに総力戦だった。
本作は、『ジャン・クリストフ』『魅せられたる魂』のふたつの大長編で知られるロマン・ロラン(一八六六―一九四四)の小品で、戦時下のパリで暮す少年と少女のはかない恋を語っている。
ピエールは十八歳。戦争が始まって四年目。徴兵制が敷かれ、六ケ月後には兵隊に取られることが決まっている。この戦争で多くの戦死者が出ていることを知っている少年の気持は暗い。
兵隊に取られたら生きては帰れない。無論、死にたくない。生き延びたい。それでも国に逆らうことは出来ない。戦争は、戦争を望まない若者を苦しめる。
ロマン・ロランは一貫して「大戦争」に反対した。そのためフランス国内で非国民と批判された。この小品にはロランの反戦の思いがこめられている。
ピエールは六ケ月後に迫ったその日まで戦争のことを考えまいとする。「鎖を解かれた戦争という怪物」の前では個人は無力でしかない。
ピエールはまだ恋を知らない。ある日ドイツの爆撃機がパリ市中を襲った時、恐怖にかられた満員の地下鉄の車内で偶然、一人の少女と知り合う。混乱のなかで二人は自然に手を握り合う。
恋愛は障害があってはじめて激しく切実なものになる。六ケ月という限られた命のなかで、ピエールは、その少女リュースと愛し合うようになる。はじめてで、そしておそらくは最後の恋。切なく、痛ましく哀切きわまりない。
戦後日本映画の名作、水木洋子脚本、今井正監督の「また逢う日まで」(五〇年)が本作をもとにしているのは有名。岡田英次と久我美子のいまや伝説になっているガラス越しのキスは原作にもある。