『よこまち余話』 木内昇著

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よこまち余話

『よこまち余話』

著者
木内 昇 [著]
出版社
中央公論新社
ISBN
9784120048142
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『よこまち余話』 木内昇著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

ひたすら浸りたい物語

 単行本で二八二ページ。そのなかに十七本の短編が収めてあり、一話ごとに完結しながら、ひとつの物語を綴(つづ)ってゆく。

 でも、ただの連作短編集とは呼びたくない。読み進んでゆくと、色とりどりの千代紙で丁寧に包まれた指先ほどのサイズの小箱を、一つまた一つと開けているように感じるのだから。

「路地は幅一間ほどで、東西に細く伸びている。東の端には一対の銀杏(いちょう)に両脇を護(まも)られた石段があり、その先は天神様のお社へと続いていた」

 冒頭で簡潔に綴られた、この場所が舞台である。時代は近代、たぶん大正時代の後半。登場人物はこの路地の住人たちと、ここに用があって行き来する人びとで、ヒロインと呼ぶべきはお針子の齣江(こまえ)だが、この物語は日々ひっそりと針を動かして暮らす彼女だけのものではない。お向かいに住んでいて、しょっちゅう齣江のところでおしゃべりしている老婆のトメさん。出入りの糸屋の青年。近所の魚屋のおかみさんとその二人の息子、浩一と浩三。浩一が「生き甲斐(がい)だ」と思うほど美味(おい)しい和菓子屋の店主。浩三が折々に語り合う自身の「影」。

 第一話のタイトルがいきなり「ミカリバアサマの夜」だし、「遠野さん」という重要人物が出てくるし、店賃(たなちん)を取り立てに来る「雨降らし」が何となく異界の空気をまとっているし、ああその方面の小説なんだなと、ピンとくる方も多いだろう。要所に能舞台のシーンが置かれ、齣江のつましい暮らしのなかにぽつりと置かれた『花伝書』も暗示的で、これが謎解きの鍵になると解(わか)る方もいるだろう。

 それでも、本書は読み解くための物語ではない。ひたすら浸り、どことも特定し難いこの路地が懐かしく、自分もいつかはこんなところに住むのだなあと思えばそれでいい。つまりは魔法だ。この絶品の魔法にかかれば、最終ページでゆっくりと振り返る女性に、きっとあなたも優しく微笑(ほほえ)みかけずにはいられない。

 ◇きうち・のぼり=1967年生まれ。『漂砂のうたう』で直木賞、『櫛挽道守』で中公文芸賞などを受賞。

 中央公論新社 1500円

読売新聞
2016年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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