『台湾生まれ 日本語育ち』 温又柔著

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台湾生まれ 日本語育ち

『台湾生まれ 日本語育ち』

著者
温 又柔 [著]
出版社
白水社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784560084793
発売日
2015/12/23
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『台湾生まれ 日本語育ち』 温又柔著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

新たな物語開く瞬間

 温又柔さんは台湾出身の作家である。一九八〇年台北市生まれ。三歳の頃に家族と日本に来て以来、東京に暮らしている。その生い立ちは日本語で小説を書き始める彼女にとって、いつかは解かねばならない人生の謎だった。

 戦時中の日本統治時代、日本語で教育を受けた祖母。台北に中華民国の臨時政府が置かれ、中国語が「国語」とされた両親。そして、台湾語と中国語と日本語を織り交ぜて喋(しゃべ)る両親のもと、日本語で育った「わたし」。「外国語だったかもしれない言語と、母国語のような関係を結んでいる。/それが、自分の現実だと認識したとき、わたしは、『わたし』という一人称では、掬(すく)いきれない数多くのわたしが、自分の内に渦巻いていると感じだした」と彼女は書いている。本書はそのように言語が幾重にも絡み合う環境に育った一人の若者が、自らのアイデンティティを探し求めた格闘の軌跡だ。

 幼い頃からの「コトバ」を巡る記憶を辿(たど)り、著者は言語に染み付いた家族、日本、台湾の歴史に触れていく。自分の底に眠る中国語や台湾語を探り、ときに引き裂かれそうになりながらも、前に進もうとする心の有り様が瑞々(みずみず)しい。

 私が何より惹(ひ)きつけられたのは、軽やかな文章とは裏腹の力強さが、読み進むほどに行間に宿ることだった。最初は素朴だったエッセイが、その瑞々しい文体を失わぬまま、次第に国とは何か、国語とは何かという命題に体当たりする自伝へと脱皮していくのだ。

 この本は版元のウェブサイトで四年にわたって書き継がれたものだという。歳月による熟成が、その力へと繋(つな)がったのだろう。自らの裡(うち)には、小説でしか描かれ得ないものがある――そのことに気付き始める著者は、まさに「書くこと」によって「コトバ」の制約を突破し、作家としての新たな物語を開いたかに見える。読み終えたとき、私は一人の読者として、その重要な瞬間を目の当たりにしたのだと感じた。

 ◇おん・ゆうじゅう=作家。著書に『来福の家』。2013年ドキュメンタリー映画「異境の中の故郷」に出演。

 白水社 1900円

読売新聞
2016年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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