『貨幣の条件』 上田信著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

貨幣の条件

『貨幣の条件』

著者
上田 信 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784480016348
発売日
2016/02/15
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『貨幣の条件』 上田信著

[レビュアー] 出口治明(ライフネット生命保険会長)

タカラガイによる交易

 交易から文明が生まれる。動物は生息する生態環境の拘束から逃れられないが、ヒトだけが異なる生態環境からモノを移転して生態環境を自らの好むように改変した。

 本書は、この「上田史観」をタカラガイを切り口にして、紀元前5000年以前のアッシリアから現代までの悠久の時間と大興安嶺の麓から西アフリカに至る広大な空間を舞台に縦横に論じたものである。

 第一部は史料の渉猟による「時をたどる旅」。中国では夏や商の時代に威信財としてタカラガイを重宝する文化圏が成立し、雲南では17世紀まで貝貨として流通していた。タカラガイは「均一性・希少性・持続性」という現代のビットコインと共通する性格を有し、金銀とは異なり低額の価格を表すことができた。だが、17世紀に入ると供給地であったモルディブのタカラガイは東インド会社(オランダ)によって奴隷貿易に資するため大西洋に運ばれ、もう1つの産地・琉球からのルートも「島津入り」によって途絶え、貝貨崩壊の原因となった。では、雲南に大量に滞留していたタカラガイはどこへ行ったのか。それが第二部「場をめぐる旅」で語られる。

 モノは生息域から離れ交易が困難になるほど希少性を増す。タカラガイは遊具、通貨、盛装の飾り、威信財、女性器を連想させた呪物と、距離に比例して価値の階梯(かいてい)を上げてきた。歩く歴史学者である著者は、タイから雲南、チベットから大興安嶺へとタカラガイのたどった道(カウリーロード)を踏査して実証を重ねていく。現地の芸能の紹介などフィールドワークならではの「脱線」も興趣をそそる。

 僕自身、臨海学校でタカラガイの収集に夢中になった時期があった。著者は「均一なものが目の前に置かれたとき、ヒトは自発的に数えようとする」「数えるとき、ヒトは喜びを覚える」「この特質が、通貨を生みだした」と指摘し、「ホモ=ヌメランス」(数えるヒト)という言葉で本書を締めくくっている。渾身(こんしん)の力作だ。

 ◇うえだ・まこと=1957年生まれ。立教大教授。専攻は中国社会史。著書に『森と緑の中国史』など。

 筑摩選書 1800円

読売新聞
2016年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加