『戦国の陣形』 乃至政彦著

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戦国の陣形

『戦国の陣形』

著者
乃至 政彦 [著]
出版社
講談社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784062883511
発売日
2016/01/20
価格
821円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『戦国の陣形』 乃至政彦著

[レビュアー] 清水克行(日本史学者・明治大教授)

合戦の実態に迫る

 明治時代、あるドイツ軍人が関ヶ原合戦の布陣図を見て、即座に「これは西軍(石田三成側)の勝ちである!」と断言した。

 東軍を取り囲むよう配置された西軍の「鶴翼(かくよく)の陣」は、どう考えても西軍に有利だった。しかし、彼の予想に反して、現実は西軍の無残な敗北に終わり、勝利の女神は東軍に微笑(ほほえ)むことになった。

 これは司馬遼太郎や多くの歴史学者にも紹介されて、歴史ファンなら誰もが知る有名な逸話だろう。しかし、本書によれば、これは眉唾ものなのだという。そもそも、現在私たちが目にするような関ヶ原合戦の布陣図は、このドイツ軍人が来日した年にはまだ出来ていなかったのだ。

 この一例からもわかるとおり、現在、ドラマやゲームなどで流布している戦国時代の軍事に関する情報には、後世になって作られた不確かなものが多い。評者も江戸時代の軍学書を集中的に読んだときに、歴史小説でよく目にする軍事用語が意外に新しい時代に作られたものであることに気づき、呆(あき)れた経験がある。戦国の合戦はそんなに統制のとれたものではなく、私たちが思う以上にルーズで、もっとダラダラとしたものだったのだ。

 著者は、中世軍事史研究の遅れが、こうした誤解を放置しているのだと厳しく批判し、信頼できる史料のみに依拠して戦国合戦の実態を追究する。戦闘では、いまだ騎兵と歩兵が未分離で、乗馬の主人に歩卒の従者が付き従うのが一般的な形態だった。学界では、そこからどの時期に兵種別編成(騎馬隊や鉄砲隊などを独自に編成した軍隊)が誕生したのかが大きな争点になっているが、本書はそのホットな問題にも新説を提起している。ただ、『甲陽軍鑑』をもとに村上義清を兵種別編成の創始者とする点などは、『甲陽軍鑑』の性格規定も含めて、まだまだ異論が出される余地もありそうだ。

 ともあれ世間一般の「常識」と、学界の「常識」の懸隔を埋める挑戦に、大きな賛辞を送りたい。

 ◇ないし・まさひこ=1974年、香川県生まれ。戦国史研究家。著書に『戦国武将と男色』など。

 講談社現代新書 760円

 

読売新聞
2016年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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