『文化進化論』 アレックス・メスーディ著、『エピジェネティクス革命』 ネッサ・キャリー著

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文化進化論

『文化進化論』

著者
アレックス・メスーディ [著]/野中 香方子 [訳]/竹澤 正哲 [解説]
出版社
NTT出版
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784757143302
発売日
2016/02/08
価格
3,672円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

エピジェネティクス革命

『エピジェネティクス革命』

著者
Carey, Nessa [著]/中山 潤一 [訳]/キャリー ネッサ [著]
出版社
丸善
ISBN
9784621089569
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『文化進化論』 アレックス・メスーディ著、『エピジェネティクス革命』 ネッサ・キャリー著

[レビュアー] 岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

相互作用研究で人間理解

 ポケモンという架空の生物を題材にしたゲームが日本を席巻し、これにともない「進化」の意味は大きく変わってしまった。

 ポケモンにおいては、同一個体がある条件を満たすと「進化」する。娘(7歳)によれば、ピカチュウはピチューが進化したものであるという。しかしこれは正しくは進化ではない。

 ある現象が進化と言えるためには、次の3つの条件が必要である。変異があること、競争があること、世代を超えて継承されることである。ポケモンは第3の条件を満たさないから進化しない。これは進化ではなく変態だ、などと言っているとうっとうしい親父(おやじ)だと思われるわけだ。

 『文化進化論』は、文化の変異を進化論の用語で読み解くことを目指した最新の科学の、おそらく初めての一般向け解説書である。文化について先の3条件を検討し、多くの現象が進化と言えるパターンを持つことを示す。文化は、個人の経験や遺伝的要因に並んで、人間行動を強く規定する。資源分配の公平感、宗教、正義感などについて、人間は特に強く文化の影響を受ける。この20年で、進化を数理モデル化する手法や、進化過程を実験的に模倣する手法が発展し、これらの手法により文化が伝達され蓄積される仕組みについて格段に理解が進んできた。

 例えば槍(やり)や矢に用いる尖頭器(せんとうき)という石器の進化史を、その形態を手がかりに、系統学的な方法を用いて再構成した研究がある。同様に、単語に含まれる音韻の類似度を手がかりに、言語の文化進化を辿(たど)ろうとする研究がある。さらに、伝言ゲームを使って、進化の3条件を織り込んだ実験により、言語の起源を探る研究も始まっている。

 本書はこれらについて、数式を徹底的に廃した、しかし妥協のない解説をしてくれる。ただ、著者は人間以外の動物にも文化はあるが、文化進化はないと考えている。それは文化を蓄積する手段である模倣や言語、教育がないからだと言う。鳥の歌を研究する僕にとって、そこだけは解せないのだが。

 文化進化と生物進化がどう関係してくるのか。本書は残念ながらそこまでは踏み込んでいない。著者の思惑は、まず人文・社会科学を実験科学化することにあるのだろう。本書の目的としては、それで十分だ。しかし、生物進化においても、文化の影響を検討することが可能な分野が生まれつつある。それが2冊目の本、『エピジェネティクス革命』で説明されている。エピジェネティクスとは、ゲノム(遺伝子セット)の変異なしに表現型(生物の見た目や行動)の変化が生じる現象である。

 例えば、発達期の栄養不足などの環境要因は痩身(そうしん)と虚弱体質の原因となる場合がある。これは第二次大戦中に思春期を生きたオードリー・ヘップバーンに起きた生理反応である。動物実験では、社会的な刺激によって脳の遺伝子の読み出し方が変わり、その影響が数世代にわたることが分子レベルで示されている。

 ここで2冊の本の関係が見えてくる。人間は環境を作り変え、言語や模倣で文化を蓄積し、自分自身を変容させてきた。これには、読み出される遺伝子の変異も含まれるはずだ。人間の未来を語るには、文化進化とエピジェネティクスとがどう相互作用するのかを研究することが必要だ。

 形式的で拙速なグローバル化は、資本の力で異文化をねじり込むことで世界に混乱をもたらしている。各地に根付いた文化とその進化過程、そしてそれがどのようなエピジェネティクスの変化をもたらし、個人の行動に至るかを解明することが、人間理解に必要なのだ。だからこれからの世界に生きる娘には、進化とは何かを正しく教えたいと思う。

 ◇Alex Mesoudi=1980年生まれ。英エクセター大生物科学部准教授。フィールド研究などから文化進化を研究。

 ◇Nessa Carey=ウイルス学博士。製薬企業勤務などを経て、インペリアル・カレッジ・ロンドン客員教授。

『文化進化論』 NTT出版 3400円

『エピジェネティクス革命』 丸善出版 2800円

読売新聞
2016年3月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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