『古書泥棒という職業の男たち』
- 著者
- トラヴィス・マクデード [著]/矢沢聖子 [訳]
- 出版社
- 原書房
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784562052790
- 発売日
- 2016/01/27
- 価格
- 2,750円(税込)
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「お宝」を巡る人々の数奇な運命
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
一九三〇年前後、大恐慌時代のアメリカには、かなり組織的なかたちで古書泥棒が存在したそうである。日本でいうなら神田神保町のような、古書の街ブック・ロウの古書店主たちが深くかかわっていた、というから驚く。
当時は、アメリカ合衆国の建国、入植、探検に関する、のちに「アメリカーナ」と称される資料に関心が集まっていた。市場価値も急騰し、オークションでも高値がつくようになり、それらの主な収蔵先である公共の図書館が、泥棒に集中的に狙われるようになる。
セキュリティも甘く、図書館のシステムは性善説にもとづき設計されているので損害は膨大なものになった。本泥棒は図書館を〈汲めども尽きぬ泉〉とみなして行脚し、本泥棒を重犯罪とみなさない風潮がその追い風になった。
古書泥棒の暗躍に対抗して、図書館特別捜査員なる存在も生まれている。ニューヨーク公共図書館の二人の捜査員は、消えた蔵書の奪還と犯罪防止に心血をそそぐ。プロの泥棒と捜査員との闘いにおいて、法律は必ずしも図書館側に味方しない。窃盗への関与が明らかな場合でも、社会的な地位のある書店主の場合、裁判で無罪になることもあったという。
著者はさまざまな古い記録を渉猟しながら、八十年以上前の古書の世界の暗部を探り出す。資料にもとづき描き出される、泥棒側、探偵側、それぞれのキャラクターがユニークで、いちいち興味深い。
とくに本泥棒実行犯の経歴はヴァラエティーに富む。元浮浪児もいれば移民もいて、邦題をはじめ、本文でも繰り返し「職業」という言葉が使われているように、「好きだから」「欲しかったから」本を盗むのではなく、それが生きるための手段だった。著者は彼らの人生を最後まで追いかけ、突き止めている。
古書をめぐるドラマのもうひとつの柱になるのが、エドガー・アラン・ポーの第二詩集『アル・アーラーフ、タマレーン、および小詩集』である。日本でも評判になったジョン・ダニングのミステリー『幻の特装本』もポーの長詩「大鴉」の稀覯本を題材にしていたが、貧苦の中で生まれ、自身の成功を知らずに四十年の短い生涯を終えたこの作家は、アメリカの古書界の中心に位置する象徴的な存在であることがわかる。
著者は、大学で「稀覯本をめぐる犯罪と刑罰」という講座を受け持つ研究者で、リサーチは得意だが、多くの方の協力に頼る作業は不得意、と書いている。その率直さに好感を持ったが、著者の予想に反して、今回の調査では多くの図書館・公文書館の職員が非常に協力的で、労力を惜しまず資料を提供してくれたそうだ。テーマがテーマだけに、日本との文化の違いを感じた。矢沢聖子訳。