無名だけど凄い男たちの生き様

レビュー

5
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東京湾岸畸人伝

『東京湾岸畸人伝』

著者
山田清機 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784023314672
発売日
2015/12/18
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

無名だけど凄い男たちの生き様

[レビュアー] 稲垣真澄(評論家)

「畸人伝」と銘打たれた本書が取り上げる七人を、目次の言葉をそのまま用いて紹介すると、「築地のヒール」「横浜、最後の沖仲士」「馬堀海岸の能面師」「木更津の『悪人』」「久里浜病院のとっぽいひと」「羽田、夢見る老漁師」、そして取材でいつも著者に同行し珍道中を重ねた編集者「S君のこと」。

 格別有名人ではなく、ごくごくふつうの市井の人、無名の生活者である。横浜にしろ羽田、木更津にしろ、視野の一部につねに東京湾の水面をとらえつつ、その地に深く根を下ろす生き方をしていること。そして、それぞれの人生コースは異なるものの、だれもが「これ以外の生きようは自分にはない」と、得心のいったカラリとした生き方をしている点で、互いに共通しているといえようか。

「築地のヒール」は、マグロの目利きとして築地市場で名を馳せる「仲卸」石司の番頭、中島正行さんのこと。中島の父も有名なマグロ職人で、中島は反発を感じつついつか同じ世界に入っていた。仲卸の仕事は「荷受」と呼ばれる大手水産会社五社からマグロをセリ落とし、それを小分けにして鮨屋、料理屋、魚屋、スーパーなどの「買い出し人」に売ることで、荷受が生産者側の代表なら、仲卸は消費者側の代表ともいえる。

 なにしろ一本のマグロがセリ落とされる時間はせいぜい数秒。数本も買えば一千万円を超えることもあるセリの世界が、独特な魅力と吸引力を発揮しないわけがない。そのセリに臨むのに、二つの態度があるそうだ。高値になればなるほど意地でもセリ落とすタイプと、もっぱら客の要望に沿えるマグロを狙うタイプだ。中島は後者で、結果的に客の信用も高まり、彼が店を移ると客までが後を追う。ために「客はおろか従業員まで連れてゆく」と一部でささやかれたのが、彼のヒール(悪役)評の真相らしい。要はマグロ一筋の人生へのオマージュだ。

「横浜、最後の沖仲士」は、かつて沖仲士と呼ばれた港湾労働者たちを束ねた藤木企業(旧藤木組)の二代目経営者、藤木幸夫会長を紹介する。今でこそ港湾荷役の主役はコンテナとガントリークレーンだが、以前はすべてを沖仲士の人力に頼った。七、八人から二十人のチームはギャングと呼ばれ、「ワンギャンで二日の仕事」などといった。要するに徹底したチームプレーの精神。現在藤木が会長を務める横浜港運協会の会員社にリストラがないのも、「十人分の仕事が七人分しかなくなっても、七人分の給料は払えるわけだからリストラせずに十人で分けろ」と彼が許さないからだという。

 他に童謡「証城寺の狸囃子」のモデルとなった木更津・證誠寺の前住職、アルコール依存症で久里浜医療センターに入院中のデザイナー……たちの、一筋にして底知れぬ人生が描かれてゆく。

新潮社 新潮45
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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