44歳だった「現人神」の日常生活

レビュー

10
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天皇陛下の私生活

『天皇陛下の私生活』

著者
米窪 明美 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103397519
発売日
2015/12/18
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

44歳だった「現人神」の日常生活

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 天皇ほど公人の最たるものはない。しかも、この公人ほどプライバシーが秘匿されている存在もない。本書は、その天皇の私生活を史料と証言に基づき細部にわたり描き出そうと試みたノンフィクションである。対象として選ばれたのは昭和天皇の「生涯の中で最も特別な1年」となった昭和二十年(一九四五)の一年間。空襲、敗戦、叛乱、占領……と激動するこの一年は、皇室そのものの存亡が問われた期間でもあった。また、終戦前後の一時期、重臣たちの拝謁が繰り返され、天皇の私生活を窺わせる史料が揃っていることもこの一年が選ばれた根拠となっている。そして、対象期間が限定されたことにより、著述は緊張感ある引き締まった物語になっている。

 昭和二十年の元旦は空襲警報で始まる。当時、天皇皇后は吹上御苑に造られた鉄筋コンクリート造りの「御文庫」で仮住まいを強いられていた。年初の重要な神事「四方拝」は、本来、古式ゆかしい装束を身にまとい執行されるしきたりだったが、この日は異例の軍装で行われた。年始の御祝御膳は、乾燥野菜を使った野戦兵食。意外なのは、天皇の書斎に交戦国の大統領リンカーンと進化論者ダーウィンのブロンズ胸像が置かれていたこと。また、天皇家では何の屈託もなくクリスマスを祝っていたことも。天皇は日光に疎開していた皇太子に「戦争は困難ではあるが 最善の努力と神力によつて時局をきりぬけやうと思つて居る」と書き送る。「神力」のよってきたるところは、「三種の神器」であると固く信じられていた。印象的なのは三月十日の東京大空襲を目撃した天皇の姿。密かに宮内省の屋上に立った天皇は、炎に包まれた断末魔の帝都を無言で凝視していた。

 本書には執務、祭祀、研究のみならず食事、入浴、トイレなど、天皇の私生活のディテールが周到に集められている。その細部により、本書は昭和天皇を巡る諸書にはない異彩を放っている。

新潮社 新潮45
2016年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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