言語と数と、私という現象

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数学する身体

『数学する身体』

著者
森田 真生 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103396512
発売日
2015/10/19
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

言語と数と、私という現象

[レビュアー] 三浦雅士

『数学する身体』という本を取り巻く状況について述べる。それが核心だからだ。

 ノーム・チョムスキーが昨年来日して行った講演と談話を収録した本『我々はどのような生き物なのか』が、本書に一ヵ月ほど先だって刊行された。同じ表題の本が英語版でも近く発売される予定だから、講演と談話はその内容をほぼ予告すると言っていいだろう。

 チョムスキーは講演冒頭でイアン・タタソールの著書『惑星の支配者』に言及している。タタソールは先史人類学者で、その著『化石から知るヒトの進化』が邦訳されている。アメリカ自然史博物館の名誉学芸員で一九四五年生まれ。その著も研究書というよりは啓蒙書である。『惑星の支配者』は二〇一二年の刊行だが、一九九五年に刊行された『化石から知るヒトの進化』に、現生人類は六、七万年前頃に言語を獲得したという、いまや広く知られた仮説が付け加えられている。一九八七年、遺伝学者キャンらがミトコンドリアDNA研究から現生人類の起源をおよそ二十万年前の東アフリカと特定して以来、年代に多少の揺れはあれ、現生人類がその頃に発生し、十万年前頃にそのうちの一派あるいは数派がアフリカを出て全世界に適応拡散した、その現生人類が言語能力を顕在化させたのがほぼ六、七万年前、おそらく七万五千年前のインドネシア、スマトラ島のトバ火山大噴火とそれに伴う地球冷却が何らかの引き金になったのではないか、といった仮説は、数多くの専門書、啓蒙書がすでに説くところである。手近な例では二〇〇二年刊のリチャード・クラインの『5万年前に人類に何が起きたか?』がある。

 チョムスキーが啓蒙書を信頼すべきものとして挙げ、それによって自身の説を補強したからといって、悪いわけではない。二〇一〇年に発表された論文「いくつかの単純なエヴォデヴォ仮説について」では、タタソールの他のいくつかの著書のみならず、ジャレド・ダイアモンドの啓蒙書にまで触れている。エヴォデヴォというのはエヴォルーショナリー・デヴェロプメンタル・バイオロジー、進化発生学のことである。エヴォデヴォ革命とはモノーら分子生物学者のDNA研究によって惹き起こされた生物学の革命を指す。この延長上にキャンや、あるいはキャヴァリ=スフォルツァら、集団遺伝学者の、先に述べた現生人類の起源仮説が位置する。分子生物学者が歴史に手を染めたのである。

 分子生物学と動物行動学は学問の方法において正反対に位置する。分子生物学は物理学に近く、動物行動学は社会学に近い。分析と総合。普遍文法学と歴史言語学の違いに似ている。デカルトとマルクスの違いと言ってもいい。デカルト派を標榜するチョムスキーは、動物行動学はもちろん、ダーウィンの進化論にさえ長く目を向けなかった。起源論を嫌ったのである。だが、ミトコンドリアDNA研究から現生人類の起源がおおよそ二十万年前の東アフリカと特定されるに及んで、方向を転換した。

 この転換に関しては、クレオール語研究から出発した言語学者デレク・ビッカートンが早くから予告していた。邦訳もある『言語のルーツ』や『ことばの進化論』においてすでに示唆しているが、二〇〇〇年に刊行された神経生理学者ウィリアム・カルヴィンとの共著『機械仕掛けの言語』に付された論文ではチョムスキーの言語論とダーウィンの進化論の結合の必然を説いている。集団遺伝学、先史人類学、動物行動学など、その視野の広さはチョムスキーを凌ぐほどであり、チョムスキー自身ともメールで論争しているらしいが、なぜかチョムスキーはビッカートンに言及しない。

 チョムスキーは数学もまた言語であると考えている。当然である。ゲーデルがヒルベルトの夢を粉砕したのは数学もまた言語の限界――自己言及の矛盾――を持つからだ。ビッカートンはもちろん、チョムスキーもまた、おそらく七万五千年前頃に人間の言語がいきなり発生したと考えている。二〇〇四年、最古のビーズ玉が発掘発見されて話題になったが、それは七万五千年前のものだった。ビーズ玉は呪術的なものすなわち言語的なものだが、むろん算数の起源、数学の起源を示唆している。言うまでもなく、七万五千年前の幼児を現代に連れて来てもすぐに現代に適応する。言語能力も算数能力も、それが発生してから少しも変わってはいない。人間の進化の場が形質から行動へと移っただけだ。

『我々はどのような生き物なのか』でチョムスキーは、言語はコミュニケーションの道具ではないと力説している。言語にとってコミュニケーションなど二次的なものにすぎない、と。しかし、チョムスキーは誤解している。むろん言語はいわゆる社会的コミュニケーションのためにあるのではない。だが、言語がコミュニケーションの道具であるのは、何よりもまず、自分自身という他者に通じるためのコミュニケーションの道具であることによってなのだ。むしろ逆に、自己こそこのコミュニケーションによって成立したと言っていい。

「私とは一個の他者である」とはランボーの名言だが、言語がなければ「私」という現象も「他者」という現象もありはしない。個体維持本能が示唆する自己感は、人間における「私」という現象とはまったく違う。「私」はもうひとりの「私」から見られ、認められて初めて「私」になるのであり、したがって、「私」と「他者」――すなわち人間的社会――は言語とともに同時に発生したのである。言うまでもなく誰もが「私」――ほんとうは固有名でも同じことだ――である。「私」は交換可能であることによって初めて「私」なのだが、この交換可能性は俯瞰する眼すなわち外部なしには成立しえない。身体があって初めて「私」が成立したはずなのに、「私」がこの身体を持っているのは偶然にしか思えないのは、俯瞰する眼すなわち外部から見ることが「私」という言語現象の核心だからである。これを魂と言っても、先祖と言っても同じことだ。

 数学もまた言語であるというとき、直面しなければならないのはこの問題である。『数学する身体』の著者が否応なくチューリングや岡潔に惹き寄せられてゆくのは、この二人の常軌を逸した天才が、じかに数学すなわち言語の原初的発生の現場にその身を晒していたからである。著者は、チューリング、とりわけ岡潔を通して、言語の原初的発生の現場に推参しようとしている。岡潔の芭蕉論は、鈴木大拙と井筒俊彦の芭蕉論の中間に位置する。むろんすべて言語論である。本書で再三触れられている造形作家・荒川修作もまた同じことをしていたのだ。

 この着眼が本書の魅力の核心である。

新潮社 新潮
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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