「自伝的小説」のはずが出現する異世界と謎の女!

レビュー

4
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バベル九朔

『バベル九朔』

著者
万城目 学 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041034644
発売日
2016/03/17
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「自伝的小説」のはずが出現する異世界と謎の女!

[レビュアー] 杉江松恋(書評家)

 現実がどろりと溶けていく。

 虚構の側へ、虚構の方へと溶けていくのだ。今年でデビュー十周年を迎える万城目学の、約二年半ぶりの長篇『バベル九朔(きゅうさく)』である。

〈俺〉こと九朔満大(みつひろ)は、母親の所持する五階建てビルの管理人として働きながら小説家を目指して日々原稿用紙の桝目を埋めている。管理人といっても、無断でビルに居ついただけなので、勝手に会社を辞めたことも含め母親からは不興を買っている。肝腎の創作のほうも振るわないのだ。修業開始から三年になるというのに、新人賞ではいつも一次予選落ちという体たらくである。ようやくのことで原稿用紙千六百枚超の大作を書き上げたが、ビル内で起きた出来事に気を取られ、いや、それを言い訳にして結局応募せずに終わってしまう。

 明日を夢見ると言えば聞こえはいいが、要は現実味のない憧憬を抱えて長く続く道のとば口でうろうろしているだけの存在だ。それがかつての作者自身の姿に重なるものであろうことは容易に察しがつく。そんな日々を綴った章で物語の幕は開く。

〈俺〉が管理人として働くビルの名称が表題にも使われている。バベル、と威勢のいい名前とは裏腹に、周囲の建物には背丈で追い越されて、〈俺〉の部屋には陽も射さないありさまだ。しかし、このビル自体が話の主役なのである。意気地なしの生活を綴った日常小説かと思いきや、話は中段からどろんと化ける。万城目は現代を舞台にした伝奇小説の名手であり、その方向へと話は発展していくのだ。『プリンセス・トヨトミ』などの諸作を見れば判るとおり、時間の流れを過去へと遡るとき、万城目の筆は滅法光り輝く。

 一旦物語が転回し始めると、一歩進むごとに謎は深まり、あるいは新事実が判明し、息つく暇もなくなる。前作『とっぴんぱらりの風太郎』で示した終盤の迅雷の如き展開も健在だ。人はここまで鮮やかに夢を見られるものか。感嘆の息が漏れた。

新潮社 週刊新潮
2016年3月24日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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