『本屋稼業』
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名物社長とその右腕の波瀾万丈、起死回生!
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
その昔、待ち合わせは本屋が多かった。渋谷なら大盛堂、銀座なら旭屋、新宿なら紀伊國屋書店。だが今は紀伊國屋しかその場所にない。
本書はその紀伊國屋書店の創生から初代社長の田辺茂一が引退するまでを描いていく。
書店業界だけではなく、文壇や花柳界、果てはテレビまでも席巻した名物社長の田辺茂一。その右腕と言われ、経営全般を健全に保ちつつ、世界各地にまで支店を築き、グローバルな書店に育てあげた松原治。この二人三脚の経営物語は、高度成長期を背景に破天荒なものであった。
終戦間際、田辺は40歳。焼夷弾が雨あられと降る新宿で自分の書店が燃えるのを踊りながら見ていたという。自分の人生が燃えている。それは悲しい諦めの踊りだった。
かたや28歳の松原は、軍の作戦に必要な食糧を見積り、集め、どう輸送するかを決める糧秣(りょうまつ)課長を務めていた。北京から洛陽に向かう途中、地雷攻撃を受けたり、飛行機で移動中に戦闘機に機銃掃射されたりしながらも、幸運にも命拾いしていた。
そして終戦。新宿の大きな薪炭(しんたん)問屋の息子として生まれ、苦労知らずに育ち、好きなことだけをやってきた田辺茂一はもう一度本屋をおこすことを決意する。平和が戻ってきた日本に必要なのは娯楽と知識。本はその両方を満足させる。人気の本が発売される日の朝は、店の前に大行列ができた。
だが坊ちゃん育ちの田辺には経営感覚がない。それを補ったのは東京帝大卒で、終戦後、中国からの引揚者の手配をすべて行った松原だった。ふたりは紀伊國屋書店の陽と陰とをそれぞれ担当した。今に残る新宿本店の建設を、巨額の借金を背負いながら成し遂げたのも二人の力が合わさったからだ。
昨今、出版業界の低迷が嘆かれている。ここらで一つ、起死回生の一撃を放つ快男児が登場してこないものか。本好きには堪らない一冊だ。