『小倉昌男 祈りと経営』 森健著

レビュー

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小倉昌男 祈りと経営

『小倉昌男 祈りと経営』

著者
森 健 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093798792
発売日
2016/01/25
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『小倉昌男 祈りと経営』 森健著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

心をこめつづった評伝

 最後の頁(ページ)をそっと閉じたとき、思わず深いため息をついた。

 小倉昌男とはこういう人だったのか――そんな驚きとともに、人生というもののただならぬ機微に触れた気持ちになったからだ。

 ヤマト運輸の「宅急便の父」であり、日本を代表する名経営者の一人。宅配事業をめぐる国の規制と戦った反骨の人でもある。ロングセラーとなった自著『小倉昌男 経営学』は、今ではビジネス書の現代の古典だろう。

 だが、その彼にはこれまでほとんど語られてこなかった謎がある、と著者は言う。それは経営の現場を退いた小倉がなぜ、巨額の私財をなげうってまでスワンベーカリーなどの福祉事業を手掛けたのか、というものだ。その謎に焦点を当てて取材を進める著者は、そこに夫として、そして父として苦悩する彼のもう一つの真実があったことを知り、世間に流布したものとは全く別の姿を浮かび上がらせていく。

 それがどのような問題に対する苦悩であったかは、本書の文脈と丁寧な謎解きに沿って理解されるべきものだろう。

 その上で印象的だったのは、等身大の小倉を描こうという著者の試みを、取材に応じた関係者たちが次第に強く支えていった様子が窺(うかが)えることだった。

 側近の社員や親交のあった人たち、妻を亡くした後に小倉を支えた女性、さらには彼の葛藤の中心にあった家族……。彼ら一人ひとりが本当の小倉はこうだった、本当の父はこのような人だったと語るとき、そこに何とも言えないそれぞれの愛情が滲(にじ)むのである。それはまるで経営者として神格化された小倉を、自分たちの側に取り戻そうとする静かな戦いのようにも感じられた。

 その思いに応え、彼らの信頼を裏切らない真摯(しんし)な取材姿勢に説得力がある。心のこもったあたたかい人物評伝だ。

 ◇もり・けん=1968年、東京都生まれ。ジャーナリスト。著書に『「つなみ」の子どもたち』など。

 小学館 1600円

読売新聞
2016年3月13日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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